運命のつがいと初恋 ②

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 振り返るとすぐそこに東園がいて、陽向を強く抱き寄せた。ぎゃっと叫びそうになるのをすんでで堪える。  発情期の自分に手を出さなかったのは、東園の服用したというα性抑制剤のお陰もあるかもしれないが、そもそもいくらΩであっても陽向が抱きたい対象じゃなかったからだろうと思う。  だから気にならないかもしれないし、こんな状況だからかなとは思うけれど、いくら友人でもあんまり簡単にαがΩを抱きしめたらいけない気がする。現に陽向は東園の匂いに欲情してしまったようだし。  しかし怖い事があって気持ちが摩耗した今、この自分を包み込む大きな温かさと嗅ぎ慣れた匂いに安堵する。安堵するのに、やっぱりそわそわもする。  矛盾しているようだけど、東園の腕の中にいると成立するから不思議だ。 「傷があったな……痛かっただろ」  東園のか細い声が響く。  すごく痛かったけれど額を胸に押しつけたまま首を横に振った。 「うん、でも口の中切ったくらい。もしかしたら顔が腫れてくるのかな、明日とか」  身体を離した東園が陽向の顔を覗き込む。  指で口元の傷を触られ身体がびくりと揺れる。 「病院に行った方がいいんじゃないのか」 「大丈夫だよ、そういえば馨、どうしてここに?」  やっぱり顔を見ることは出来ない。自分の手首をさすりながら陽向はほんの少し後退した。  「もしかしたら病院帰りに寄ってるかもしれないと思って。鍵は預かっていたから」 「ああ、そうだったね。前に荷物持ってきて貰ったとき貸したっけ」  東園が警察と管理人、管理会社に連絡して、慌ただしく男を引き渡し事情聴取などを終えるともう七時近くになっていた。  男の名前は中原浩嗣。やはりというか以前の勤め先、高ノ宮幼稚園の園児中原蓮の父親だった。蓮はよく知っているが父親には会った覚えが全くなかった。ただ運動会やお遊戯会で、すれ違ったことはあるだろうと思う。     母親は園に陽向について苦情を申し出た保護者の中の一人だった。  考えたくないけれど、陽向のせいで家庭が崩壊するなんてことにならないだろうか。あのときはちゃんと抑制剤が効いていたのに、陽向の漏れ出たΩフェロモンが狂わせたのか。  Ωってなんでこの世にいるんだろうと思う。 「さあ、帰ろうか」  陽向の肩を叩く東園にここに泊まって明日帰る、と伝えると「こんな事があったところでは落ち着いて眠れないだろう」といやな顔をして返された。 「ここでいいよ、大丈夫」 「駄目だ、陽向顔色が悪い。一人には出来ない」   両肩に手を置いて顔を覗き込もうとする。  一人にして欲しいのだ、一人で考えたい。
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