3293人が本棚に入れています
本棚に追加
夕食が終わり、片付けもあっという間に終わった。もう寝るだけだ。
大人だけの空間はすべてが早く終わるが凛子がいないと火が消えたように静かで少し寂しい。テレビから流れるニュースに耳を傾けているとふわっと欠伸が出た。
風呂で見た自分は頬の腫れも引いていたし、腕を見ると擦り傷がほぼ消えていた。昔から激しい運動やけんかなどとは無縁だったのでこういう傷がどのくらいで回復するのかとんと見当が付かなかった。早く消えてくれた方が精神衛生上ありがたいのでよかったなと思う。
夕食の時に飲んだビールのせいかソファでぼんやりしていると東園が隣に座って陽向に顔を向けた。
「手を触ってもいい?」
「手? いいけど?」
東園は嬉しげにありがとうと呟いて陽向のに右手を取った。陽向の後に風呂に入った東園の手はまだじんわり温かい。
顔の前まで持ち上げてじっと見たあと陽向の手の甲をそろっと撫でた。
「手が小さい」
「え、そんなことないけど、普通じゃない?」
東園に比べれば小さいかもしれない。陽向の右手を持ち上げる東園の左手は確かに陽向の手と比べると大きい。
感触を確かめるようにゆっくり、皮膚を東園の指がすべってゆく。手の甲から親指へ、その先、爪を丸く撫でる。
「陽向は爪がちょっと丸いな」
「そうかな」
「ここささくれが出来てる、痛くない?」
「痛くないけど。そんなところ見ないでよ」
手を引いたがしっかりと握られていて抜けなかった。
「陽向は色が白いよな」
「……よく言われる」
男である陽向からすれば色白はマイナス要素で、あまり言及されたくない事なのだが、東園がため息交じりに言うので文句を言うのはやめた。
五指をすべて撫で今度は手のひらを眺めはじめた東園に陽向は首を傾げつつ聞いてみた。
「手、見て面白いの?」
「面白いというか、陽向の事なんでも知っておきたいから」
「そう、なんだ」
手のひらからまた手の甲を上にした東園はそろっと陽向の中指の付け根あたりに唇を落とした。驚きのあまり目を瞬かせた陽向を切れ長の目が観察するようにじっと見る。
もう一度手の甲にキスをした東園はまた手のひらを撫で始める。
いままでの東園は陽向に触ろうとしなかった。
どうしよう。
これはもう、練習に入っているのかな。そう思うと血の気が引いていく。
丁寧に指を撫でる東園を見ながらいつもこうなのかなと思う。
昨日、やることがやることだから、と言われた。
東園の「やること」の中に、こうやって丁寧に指を触ったりするのも入っていたりするのだろうか。
それともただのふれあいなか。
最初のコメントを投稿しよう!