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14
「フィオ、君の世話をする人を紹介しよう」
ローレルがベッドの横の鈴を鳴らすと、誰かが扉を開けて入って来た。
「世話って?」
ここがローレルの家なら侍女か侍従かだろうと思った。目が覚めても見えないレフィにはここがどんな場所なのか想像もつかない。
「ここが君の部屋だ。この部屋に入れるのは、私とキリカ。あと一人、ナイゼルという男だけ。逃げられるような場所じゃないし、二人も君が逃げるのを助けてはくれない。キリカ、挨拶して」
リンリンとキリカが歩く度に小さな鈴の音がした。衣擦れと共に、キリカと呼ばれた男が跪いたのがレフィにもわかった。逃げられる場所じゃないということは、地下や牢みたいな鉄格子のはいっている場所だろうかとぞっとした。
「キリカと申します。二十三歳、オメガの男です」
オメガらしく、綺麗な高い声の男だった。オメガは男も女も声は高く、比較的華奢なものが多い。オメガをつけてもらったのはありがたかった。オメガの神殿で暮らしていたレフィには一番馴染みやすい性だからだ。
「フィオだ。目が見えない。迷惑をかけると思うけどよろしく」
「キリカ、私の最愛の番だ」
照れもせずよくそんな説明ができるものだとレフィは思った。しかもローレルの口調は真剣そのもので、レフィは居心地が悪かった。
「はい、ローレル様。存じております」
キリカが微笑んだのがわかる。
「フィオ、私はし、仕事だ」
「あんた仕事って言うだけで、なんでどもってるの?」
レフィは馬鹿したように言ったのにローレルは真面目に答える。
「可愛い? それはフィオのことだ。君と離れなくてはいけないと思うと、言葉も不自由になる。フィオはしばらくここから出さない。好きなもの、食べたいものはなんでもキリカに言って。用意させよう」
離れていられると思うとせいせいすると言いたくなる。でももっと大事なことを伝えなければいけない。
「俺が望むものをあんたは知っているはずだ。それ以外に欲しいものなんてない」
叶えられないとわかっていても、言わずにはいられなかった。
「フィオ! それは……」
「抱かれて、番になっても心は縛れないんだよ、ローレル」
歌うように本心を告げた。
ソッとローレルの手がレフィの頬に触れて撫でる。プニプニとやわらかさを確かめるようにつついた後、ローレルは頬に口づけた。
「今から仕事で離れなくてはいけないのに、もしかして私を煽っているのか?」
ローレルの声は冷静で、煽られているようには聞こえなかった。
「んぅ……っん……あっ……違うっ、煽ってない!」
頬から唇に移動して、ローレルは舌で唇を割った。
発情が終わったというのに、ローレルの口付けは無理矢理官能を呼び起こさせるように深かった。
「フィオ、フィオ……」
低い声が耳朶をなぶり、流されそうになりながらもレフィは首を振った。
「駄目だ、仕事っ」
「仕事がなかったら、今から心ごと縛ってあげるのに――」
本心のように聞こえてレフィは口ごもる。怖いのか嬉しいのかわらかない自分が嫌だった。
「早く……」
「フィオ……」
「仕事行けって!」
レフィはいつまでも離れようとしないローレルを突き飛ばして怒鳴りつけた。
「フフッ、フィオ様は格好いいですね。ローレル様、先程からナイゼル様がお待ちしておりますよ」
キリカの言葉に我に返ったローレルは、レフィをベッドに座らせて立ち上がった。
「キリカ、頼んだ」
「命にかえましても……」
レフィは、大げさだなと思いながら服を整えた。たったあれだけの間に寝間着の上の部分をローレルがはだけさせていたのだ。
「フィオ、しばらく忙しい。あまり構えないが、私を忘れないで……」
何と答えるか迷った。
「別に構わなくて……」
「フィオ様、お食事になさいますか?」
いいと、言おうとしたレフィをキリカの声が遮った。
「お腹空いてる。そう言えば発情の後はお腹が空くと聞いたことがあるな。多めに用意してくれ」
「きらいなものはありますか?」
二人で喋っていると、パタンと扉が閉じる音がした。
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