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16
ローレルは忙しい立場の人間のようで、一緒に暮らすようになってからレフィがローレルと顔を合わすのは眠る前くらいだった。目覚めた時はもういない。
「フィオ、リュートを贈ったんだが、気にいらなかったか?」
五日ほど前にキリカが持ってきたリュートは、いらないと言って返したはずだった。
「目が見えないから。……弦を押さえるのが大変なんだ」
キリカはローレルが返されてがっかりすると思ったのだろう。レフィが奏でないのなら一緒のような気がしたが、それらしく言い訳をした。
「そうか。かき鳴らすだけでも気晴らしになればいいと思ったんだが、素人の浅はかさだな」
「あんたはやらないの?」
楽士のほとんどはオメガだが、教養として習っている貴族は多い。レフィにリュートを贈ってきたからローレルも得意なのだろうと思っていた。
「私は才能がないんだ。指が太いから、あまり向いていない」
確かに指は太かったなと思って、レフィは自分の想像に赤面した。ローレルの指の太さを感じたのは、初めて抱かれた時だったからだ。発情が終わってからローレルは一週間の間、そういう意味でレフィに触れていなかった。
「何を想像したんだ、フィオ?」
ローレルの指を思い出しただけで身体が熱くなるわけがない。しかもいい思い出ではない。無理矢理抱かれて、噛まれた。
嫌な思い出までよぎって、レフィは叫んだ。
「何も想像なんかしてない! あんたはさっさと寝ろよ。疲れているんだろう!」
怒鳴ったけれど、忙しすぎるローレルの話をキリカから聞いていたせいで、王太子として勉強したり仕事をしたりして忙しかった義兄のことを思い出してしまって、怒っているのか心配しているのかわからなくなってしまった。
お陰でローレルは甘い雰囲気を醸し出して、レフィの肩を抱いた。
「やっと仕事が一段落した。と言っても仕事はいくらでも山積みだがな。だからフィオ……」
隣りに座っていたはずのローレルの声が、レフィの耳朶を直撃した。
「嫌だ、発情してるわけでもないのに、あんたを受け入れる義務はないはずだ!」
「そうだな……。でもフィオ、本当に嫌なのか? 発情しているわけでも薬を盛ったわけでもないのだから、本当に嫌なら反応せずに耐えられるはずだ……」
ローレルの試すような言葉に先ほど反応しかけた自分を思い出して顔が熱くなる。
「なっ、そんなこと!」
「それともフィオは、誰にされても同じようになるのか?」
これだからオメガは淫乱だと挑発されたように感じて、レフィは頭を振った。
「そんなわけない! お、お前に何をされたって平気だ!」
レフィも負ける勝負をするつもりはなかった。最初の時は随分翻弄されてグチャグチャに蕩かされた覚えがあるが、あれは発情していたからだ。発情していなければ平気なはずだ。
「そうか、それならレフィの性器が勃たなかったら、挿れるのは止めよう。もし、口付けだけで勃ったら……?」
「口付けだけだと? 馬鹿にしているのか、そんなもので勃ったらお前の凶器を咥えてやるよ!」
レフィは鼻で笑った。横でキリカが青い顔をしてレフィを止めようとしているのにも気付けるはずもない。
「フィオは、本当に男らしいな」
感心したようなローレルの声が僅かに笑いを含んでいることに気付いてレフィはカッとした。馬鹿にされているような気がしてならない。
「さっさとやれよ、どんなものか楽しみだ」
一切負けるつもりのないレフィの啖呵に、キリカは諦観を込めて頭を下げた。
「お皿を下げさせていただきます。ご用の際はお呼び下さい」
キリカがいることを忘れていたレフィは、更に真っ赤になってローレルを楽しませることになった。ローレルの遅い食事の片付けをして、リンリンと鈴の音を響かせながらキリカが部屋を出て行った。
「フィオ……、一週間ぶりだ」
東の国から取り寄せたローテーブルは、軽くて丈夫だった。毛の長いラグを敷いて、寝ることもできそうなくらい大きなクッションに身体を預けて酒を飲むのが貴族の流行だった。
ローレルはそのクッションの一つにレフィを押しつけて、覆い被さるように口付けてきた。
「酒臭い……」
「久し振りに飲んだから……酔ってるかもしれない。フィオも飲むか?」
「俺のいたところは、飲酒は一年に一度の感謝祭の時だけだったから飲み慣れてない」
「ここでなら、いくら飲んでもいい……」
「いやあまり飲みたくない。自分をさらけ出してしまいそうで怖い。皆よく平気で飲めるものだと思う」
感謝祭の日、普段は大人しく真面目なユアが裸踊りを披露したのを見たとき、絶対に飲みたくないと思ったことを忘れていない。
「さらけ出してしまえ」
ローレルの声は懇願を帯びていた。レフィの心の奥を知りたいと暴きたいと思っているのだろうか。
「酔ったらあんたを詰るぞ。それがわかっていて変な男だ。アルファの癖に、虐げられたい趣味の人か?」
時折そういうアルファがいると、神殿で聞いたことがあった。オメガばかりの神殿は、苦労してきた人も多く、茶化してそういう話もしていた。下ネタには事欠かないことをたまにしか来ない義父は知らなかったけれど。
「フィオになら、……いいかもしれないな」
何を想像しているのか見えないので、レフィは怖気づいた。手には鳥肌が立っていた。
酔っ払いの戯言だと思いなおす。
「やっぱりあんたは変だ」
酒の匂いが近づいてきて、レフィは目を閉じた。僅かにローレル(月桂樹)の葉の匂いがした。
ローレルは名前にちなんだ香りを放つオメガをいまだに所有しているのだろう。たとえ番がいても性に奔放なオメガを何人も囲うのが貴族の趣味の一つだと聞いたことがある。
仕事だといいながら、ローレルは古馴染みのオメガを抱いていたのかもしれない。そう思ったら頭にきた。無理矢理番にしたくせに、他にもいるならどうして噛んだのだと詰りたい。けれど、レフィは言葉を飲み込んだ。他にもオメガがいるのならいつか手放してくれる時がくるかもしれないと淡い期待があったから。
ただ、本能は裏切られたという怒りで染まっていた。レフィは絶対に負けないと奮起した。
「フィオ……」
ローレルの口付けは深くてしつこくて、すぐにレフィは負けを悟った。唇を食まれても、合わさっているだけでもレフィは息が上がってしまう。舌で下の歯の奥を押されながら、指で顎を撫でられると喉の奥がむず痒い。首筋からゾクゾクと震えが上がってきて、レフィはローレルの身体にしがみついた。
「んぅ――……あ……っ」
舌の先を噛まれると腰の奥が熱くなった。
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