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20
「アズと申します、レフィオレ様。フィオ様とお呼びするように言われております」
選ばれて急いでやってきたのだろう。シャンシャンとキリカとは違う音色の鈴をつけた男の子が小走りでやってきた。オメガにしても高い変声期前といっても頷ける声だった。
「はい、フィオと呼んでください。アズと……もう一人。誰?」
目が見えなくなってから、レフィは人の気配に敏感になっていた。それに気付いたのは初めてだったけれど、アズの後ろにアルファの気配があった。
「よくわかりましたね。護衛のシードと申します」
驚いたような声はローレルくらいの年代の声に聞こえた。
「アズはオメガでシードはアルファ?」
「はい。キリカと違ってアズは護衛ができません。私は扉のところで黙って立っているだけなのでご挨拶は不要かと思っておりました。不快に感じたのなら謝罪いたします」
ローレルがここに入れるものは厳選しているらしいのでシードも信頼していいのだろう。ただ、気になったから聞いただけだ。
「キリカは護衛も兼ねていたの?」
細い割に力があるとは思っていたけれど、オメガに護衛の仕事というのは珍しい。レフィの疑問をシードは察して答えてくれた。
「キリカは二次性徴が遅かったのです。仕事を初めて二年目にオメガだとわかって、その後はベータと偽っていました。オメガの人権が保障された今なら元の仕事に戻れるのですけどね」
レフィは瞳を瞬いた。一瞬シードが何を言っているのかわからなかった。
「オメガの人権が保障された? そんなこと無理だ」
レフィにしてみれば、太陽の上がる位置が反対になったほどの衝撃だった。
「いえ、前王がお亡くなりになった時に今の国王陛下が発布されました。国全体に浸透するには時間が掛かるでしょうけど、発令後もオメガの人身売買をしていた貴族や富豪は軒並みしょっ引かれてます」
たった三ヶ月ほどで世の中が変わっていることを知ってレフィは驚愕した。しかもそれを成したのは、兄のエルネストなのだ。
「それじゃあ、俺も……目が見えていたら仕事ができるのか? それにオメガに人権があるのなら、ここから出ることだって……」
指先が震えた。無駄だと思いながら勉強を続けていたのは、エルネストを支えたかったからだ。
「……目が見えていたら、そうですね。まだ不安定ではありますが、もう二、三年もしたらオメガということで仕事を奪われたり、身体を奪われたりすることはなくなるでしょう。……ここから出たいのですか?」
「そ、それは……出ていくとかそういう……」
一瞬、頭にローレルが過った。顔もわからないというのにしょんぼりした彼の姿を思い浮かべて、レフィは言葉を濁した。
「フィオ様、あなたがここから出て行かれたら、へ……」
「アズ!」
シードの声でアズがビクッとしたのがわかった。レフィも久々に聞いた鋭い声に心臓がドキドキした。
「へ……へ、変になってしまいますよ」
意味がわからないが、アズが必死なのはわかった。
「ローレルが?」
「はい。あの方はフィオ様がいなくなったら変になって、皆が困ってしまいます」
「アズ、お喋りはそれくらいにしなさい」
ため息をついて、シードが命じた。
「申し訳ありません。フィオ様、お食事の仕方はキリカに習っております」
そう言ってアズは自信満々で世話をしてくれた。頑張っているのがわかるからレフィは何も言わなかったが、早くキリカが帰ってこないと大変なことになりそうだと思った。
「私がお世話をしたほうがマシだと思うのですが、ローレル様が嫌がるのでしばらく耐えてもらえますか? あなたを任せられる人材がいなくて……」
シードはそう言って、アズが零したお茶を拭いた。扉の前の護衛はできそうにない。
「シード様、それは私がします」
「アズ、そこは口じゃないぞ」
シードに意識を移したアズが、レフィの頬にリンゴを押しつけてくる。リンゴだとわかったのは匂いのせいだ。
「あ、あれ?」
「アズ、フィオ様に集中しなさい。フィオ様に怪我をさせたら、お前の首が飛びそうで、私はおちおちトイレにもいけないぞ」
笑いながら本音を漏らしたシードは拭いた布を持って立ち上がった。
「シード、あんたの身体から……ローレル(月桂樹)の葉の匂いがする」
「そんなことはありませんよ。私の香水はフレグラントオリーブです。なぁ、アズ?」
「はい、秋に咲くトゲトゲの木と一緒なのです」
誇らしげに笑った気配を感じて、二人が番なのだと思った。
オメガは匂いを纏わない。それは自分のフェロモンがあるからだ。アルファの男は番った後、オメガのフェロモンと同じ匂いを纏う。
ローレルの匂いはダフネ、自分自身ではわからないがレフィのフェロモンと似た香りがするのだろう。なのに時折ローレル(月桂樹)の葉の匂いがするのは、レフィの他に囲っているオメガがいるからだと思っていた。けれど、シードはアルファだ。シードの番であるアズは、ギザギザの葉の花の香りなのだろう。
何故ローレルはダフネ以外の香りを纏うのだろう。そして、誤魔化してはいるけれど、目の見えないレフィには確かにシードからローレル(月桂樹)の葉の香りを感じていた。
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