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「そうか。それなら、自分で説明する。私の身分は伯爵になります」
シードの言葉は聞こえたのに、何を言ったのかレフィが理解するのに数瞬かかった。そしてレフィは盛大にお茶を噴いた。
「は、伯爵?」
そんな身分があるようにはみえない、と言ったら失礼だろうけど、アズのこぼしたお茶を拭いて回るシードが伯爵には到底思えなかった。シードもわかっているのだろう。声には笑いが含まれていた。
「ええ、領地は北の方です。私とアズも『運命の番』だったんですよ」
案外『運命の番』というのは多いのかもしれない。母に俺に、シードとアズも。
「だった……?」
一瞬ひっかかったのは過去形。言い間違いだろうかとレフィは思った。
「そう。過去形です。今は普通の番です。私が死んで、噛み痕が薄まってしまえばアズは他のアルファのものになれます。私も欲しければ他のオメガを抱けますよ」
「アズは、シード様だけでいいです」
「もちろん、私もだ」
二人の間のほんわかした雰囲気にレフィは、ホッとした。
「アズの両親はうちの屋敷に仕えてました。アズは私の侍従でした」
侍従はとても気がつく真面目な子供しかできないはずだ。アズは今とは違ったのだろうか。
「でもアズは、シード様に置いてけぼりにされてばかりだったんですよ」
「お前は、どんくさかったからな……。私が二次性徴の時、抑えられずアズを噛んでしまいました」
「アズはまだオメガになっていなかったのに?」
「ええ、ギリギリ身体が成長していたのかもしれませんね」
基本的にフェロモンはオメガになってからでるものだ。『運命の番』だけ特殊だけれどオメガになっていなければ噛んでも番にはならなかっただろう。
「そんなことがあるのか……」
「けれど、家は許してくれませんでした。引き離され、私は王都にやってきたのです。普通の番なら、しばらく期間があけば番は解消されます。真面目に跡継ぎとしての務めを果たしていればいつかアズとのことも認めてもらえると信じて、私は陛下のご友人として学院にも通い、家を継ぐ勉強もしていました……。成人し、アズを迎えにいったら……いなくなっていました。オメガだから連れ去られたのだろうと言われました。そして抑制剤を抜かれ、発情している伯爵家に縁のあるオメガをあてがわれたのです――」
思わず息を飲み込んでしまった。シードは淡々と話してくれたけれど、反対に寒気を感じた。レフィはもし自分がアルファだったら、幸せになれたのかなと思ったことがあった。そうではないのだと知らされた。
「シード様は僕を迎えに来てくれました。格好良かったです。……でもどうして真っ赤だったのかな? あれ? 気のせいかな?」
真っ赤だったのは血では……とレフィは想像して背中を震わせた。未だに暴力の類いは想像するだけで過剰に反応してしまうのだ。
「アズ以外に勃つはずもないのにな」
ふふっと笑うアズときっと微笑みを交わしているシードの間だけに春の風が吹いているようだ。
「シードは陛下の暗部に入って、アズを探しながらオメガを売り買いするものたちをさぐっていたのです」
ナイゼルがコホンと咳払いをしなければいつまでも微笑みあっているんじゃないだろうか。
「私達は『運命の番』だから絶対にもう一度会えると信じていました。でも、見つけたアズからローレル(月桂樹)の香りはしませんでした。子供を宿す場所を他のオメガのものと入れ替えられていたんです――。そこの施設はオメガをいろんな実験に使っていたそうです。人権のないオメガを使って何が悪い――と逆ギレされたところまでは覚えているのですが……」
本当に覚えていないのか覚えていないふりをしているのかわからなかったが、シードからは後悔や懺悔の気持ちがないことだけは伝わった。
「ローレル(月桂樹)の葉っぱが置いてあったって……聞いたけど」
「どうしてでしょうね。血のにおいが臭かったからか……アズの匂いでなくなったからローレルの名を捨ててしまいたかったのか、どちらかだと思いますが……」
怖い……どうしてこんな話になってしまったのかとレフィは後悔した。
「でもどうやってローレルの匂いからフレグラントオリーブに変えられたんだ?」
突然の声にレフィは驚いた。
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