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その後 アズの才能
*本編のあと書いた『騎士は大事な香りを逃がさない』の本を同人誌としてだしまして、書き下ろし分のその後になります。
わからなくても読めると思います。
「アズ、お願いがあります」
新婚旅行から帰ってきたキリカ(妊娠中・オメガ)が俺に挨拶をすませると、早々に苦手らしいアズに話しかけていったので驚いた。普段は仕事のこと以外でアズに興味がないのを隠さないので珍しい。
「お帰りなさい、キリカ。どうだった? 新婚旅行は楽しかった? アズはレフィ様と楽しく暮らしてたからキリカもっとゆっくりしてきて良かったのに」
多分、キリカにゆっくりしてきていいと言ってあげられるのはアズだけだろう。原因がアズだけに。
「楽しく……またエロい服を着せてたんじゃないでしょうね」
アズの趣味らしいエロい寝間着は、俺が目が見えないこともあってキリカがいないときに着せられてしまう。エルネストが好きみたいだからたまに着る分にはいいとは思う。何となくいつもの寝間着と違うなということは肌触りでわかるようになったし。
「そんな度々着せてたらドキドキ感がなくなるでしょう。ああいうのは時々だから燃えるんです。キリカはまだまだだなぁ」
年長らしさをアピールしているけれど、やることも見た目も(俺は見えないが)少年ぽいアズに言われたくないだろうなと思ってキリカを窺った。
「あれはどこで売ってるんですか?」
キリカらしく前置きもなく直球でアズに訊ねたところをみると気に入ったのだなと思う。新婚旅行に送りだすときにアズが何かを渡しているらしいことには気づいていた。
「ふふふ――。気に入った? だと思ったんだ!」
悪戯に成功したような声だ。キリカが切れないか心配していると、とても低い声で「ナイゼルが気にいったみたいなので」と答えた。呪われろみたいな台詞に聞こえたのは気のせいだな、うんうん。
「アズ、その服はどこで売ってるの?」
あんまり焦らすとキリカの赤ちゃんに良くないだろうと思ったので聞くと、アズは多分胸をはって「ジャジャーン! アズの手作りです!」と言った。
キリカの方から声もしない。おそらく驚きのあまりだろう。一瞬後に、ヒュッと息を飲んだところを見るとかなりの驚きだ。
「あの繊細な作りの、あの凝りまくったディティールの服が?」
嘘だと言わんばかりの口調で褒めている。
「絶対キリカにはうさぎさんだと思ったんだ」
「うさぎさん?」
うさぎ? なんだろううさぎって。
「何故、俺には……いえ、私にはレフィ様のようなエロ綺麗な寝間着ではなかったんですか」
あまりの衝撃でキリカの口調が俺になった。そうか、キリカは普段は俺っていうのか。としみじみ思っていたら、アズは興奮したように多分一回その場でまわって、転んだ。ドテッと音がした。
「わかってないな~、キリカみたいなクールビューティが綺麗なエロい透け透けの寝間着をきたら似合うだけじゃないか。レフィ様みたいなちょっと可愛い系の人だからこそ、そのギャップがいいんだよ。ちょっと背伸びしてみましたみたいなのが……」
背伸び……アズに言われたくない!
「でもだからって何も……」
モゴモゴとキリカらしくない口調で何かを呟いている。
「気に入らなかったの?」
訊ねると「いいえ、まぁ少し改良はして欲しいんですけどね」とまんざらでもなかった様子だ。これほど目が見えないことが悔やまれるなんて。
「改良なんか必要?」
アズが珍しく好戦的だ。よほど自信があったのだろう。
「あの前の部分が汚れるので……穴かなんかが欲しいですね」
「穴!! おかしいよ! うさぎさんの前からニョキって出てたら駄目だろう!」
「……まぁ、そうなんですが……。せめて上と下に分けてもらえたら、ずらしたり出来るので……」
多分赤くなってると思う。キリカの声が珍しくうわずっている。
「なるほど! それはいいかもね。でもそうだなぁ、ちゃんと良くなるか見てみないとなぁ。上下にわけたやつを作ったら見せてくれるなら……」
悪徳商人のような声をアズが出しているので更に驚いた。
「……人の足下をみて……」
「レフィ様だって見せてくれるもん」
「見せてるわけじゃないんだけどね」
着替えを手伝ってくれているだけだよね? アズ、鑑賞してるの?
「やっぱりちゃんと似合っているか見たいし、次のための構想を練るためには……ね。キリカが着てるところを見せてくれるなら、作ってあげるよ」
「う……あなたに……あの格好を見せるのですか……」
悪魔に取引を要求された死にかけの人みたいな声でキリカが訊ねた。
「僕はね、別にいいんだよ?」
「くそっ!」
あ、キリカの敗北だ。
「ヒャハッ――!」
テンション上がりまくったアズの声に外から扉を叩く音がした。
タタッと軽やかな足取りでアズが扉を開けると、シードが護衛をしていたようだ。キリカがいるので安心して中には入ってこなかったのだ。
「アズ、どうした?」
「シード様、やりました! キリカを堕としました!」
「そういう言い方!!」
キリカの声を遮るように、アズが更にたたみ掛ける。
「キリカをうさぎさんにしてやりました!」
「……キリカっていうかナイゼルを堕としたんだな……。そうか、わかったから大人しくな。キリカもお腹に赤ちゃんがいるんだからあんまり激しいことはひかえ――いてっ」
何かが飛んでシードにあたったようだ。キリカ、剣だけでなく投擲も出来るのかすごいな。
「アズ、戻ってきて。シードは外で護衛してて」
キリカの赤ちゃんのためにもここは俺が仕切らねば。
「はい、申し訳ありません」
シードの我慢できない笑いが謝罪の後に響いていた。
「でも、アズ。お茶を淹れれば間違える。歩けば転ぶのに服は作れるんだね」
「本当に。アズ、私を揶揄おうとして言ってるんじゃないんだろうな?」
もしそうなら大変なことになりそうだ。
「僕は……あ、私が作りましたよ」
「アズ、僕でいいよ。そのほうが合ってるし」
「レフィ様はお優しい。僕の母は伯爵家に仕える専属の服職人だったんです。父は伯爵様の身の周りのお世話をする人でした。僕は小さい時にシード様の侍従に選ばれたんですが、あまり上手にお仕えできなくて……」
「わかる」
「わかりますか、シード様が優秀すぎて! きっとすぐに解雇されるだろうと母が言ってたんです」
シードが優秀というよりは……と思いながら頷いた。
「でも表だって、解雇された後のことを勉強するのははばかられるので、ぬいぐるみを作ったり服を作るのは趣味ということにして母が教えてくれたんです。僕はぬいぐるみを作ったり服を考えたりしているのが楽しくて……中々侍従の仕事ははかどらなくて、怒られたりしてたんですが、針を動かしたりデザインを考えていると全然気にならなくて」
「そこは気にしろよ。そうか、たまにいるんです。一つの事には天才的なのに普通の生活ができない人間っていうのが。アズはそうなんでしょうね」
「シード様は僕がずっと針仕事してても全然怒らないんです。一生懸命なアズが素敵だっていってくれて……」
惚気でしたか。そうでしたか。あ、うさぎってなんだろう。
「キリカのうさぎってどんなやつなの?」
「可愛いんですよ。耳がね曲がるようになっていて、ピーンてしてたり折り曲げたりして可愛らしさをアピールするんです。キリカの目は赤くてうさぎさんだから、真っ白でモコモコのぬいぐるみに使う生地で作ったんですよ。フードになっているから下ろせば首を噛んでもらえるし、お尻にちゃんと入れられるように尻尾もつけたんでっ」
「やめろ!!」
どうやら口を塞がれたようだ。残念だけど、キリカは真面目だからあんまり揶揄いたくない。
「可愛いんだね。俺にもつくってよ」
「ええーレフィ様は可愛いから、そんなのを着せたら陛下に離してもらえなくて大変なことになるから駄目だってシード様が」
シード……。
「私はいいのか……」
「キリカはすましてるから、あの顔で可愛いうさちゃんなんて最高だろってシード様が」
「シード……!」
だめだ、これ以上続いたらキリカの赤ちゃんが出てきちゃいそうだ。
「キリカ、そんなに興奮したら駄目だ。とりあえず、生まれてからにしよう」
「そうですね。赤ちゃんへのプレゼントのぬいぐるみとおそろいで作りますね」
「「駄目だろ!!」」
キリカと声が揃う。
「駄目かなぁ。思い出になっていいとおもうんだけど……」
アズはその後、構想を練り始めて使い物にならなくなったのでシードにお引き取りしてもらった。
「キリカ、改めてお帰り。本当に待ってたんだ」
「レフィ様、私も心配で心配で」
キリカにお茶を淹れてもらい、今日は特別に一緒におやつを食べた。ナイゼルの実家へいったときの話を聞いたりして楽しくすごした。
そして、キリカが側にいてくれる安定した日々が戻ってきたのだった。
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