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 フロレシア王国に於いて人権とはアルファと呼ばれる少数の属性のものたちとベータと呼ばれる多数の属性の者にしか与えられていなかった。生まれた時の第一の性は男と女に分類されているが、第二次性徴の後、ベータは特にこれといった特徴なく成長する。アルファは牙が生えることでアルファであるとわかり、オメガは発情期と呼ばれるものが三ヶ月に一度訪れ、アルファを惑わすためのフェロモンを発するようになる。オメガはアルファに噛まれることで番という関係をえて個体としては弱い身体を護ろうとするといわれている。オメガは男でも女でもアルファの子を孕むことができて、発情期と出産時にだけ異常回復、もしくは特異回復と呼ばれるものが起こる。これは、元々オメガの身体が弱いため、発情や出産に耐えらない身体を護るための進化の結果であると思われる。  第二次性徴の後、オメガとわかれば仕事を解雇されることも多い。オメガは発情を抑制する薬を飲み、オメガであることを隠しベータと偽って生きて行く。オメガであると発覚したあと行方不明になるものも多いが、それがアルファの番となって隠されるためか人身売買を生業とする者達に狩られたためかはわからない。  父王が病により崩御した後、エルネストは国王として動き始めた。元々父王とは相容れなかったエルネストはすでに準備を整えていた。  オメガというだけで不当解雇するものには厳罰を与え、オメガを売り買いするものには勅命違反を課せると発布した。アルファの多い貴族院や下院による反発にもあったが、父王が重要視していなかった騎士団に命じ、悪く言えば脅しをかけて認めさせたのだった。 「ここにまた住むことになるとはな……」  エルネストは、亡くなる前まで父王が使っていた王城の住居を見回した。ここは歴代の王の住処だった。父王がオメガの妃となったレフィの母を迎えるまでは、正妃であるエルネストの母とエルネストも住んでいた。懐かしい場所と言えなくもない。  エルネストであることを偽ることを決めたとき、ここにしたのは別段不思議なことではなかった。離宮であるこの場所は、内部の秘密を外に漏らしにくく、外の喧噪も中に届きにくい造りになっていた。 『ここはまるで鳥籠のよう』  レフィの母は天井の、ガラスで覆われた部分を示してそう言った。  聞いた時は形状が鳥籠のような形をしているからだと思っていたが、それが本質のほうをさしていたのだと今ならわかる。扉は一つ、鳥籠は出るにしろ入るにしろ王の許可がいる。レフィの母は許可が出ていたから自由に王城を闊歩していた。そして、正妃であるエルネストの母に殺されてしまった。レフィの母が死んだ時、子供を宿したばかりだったという。  鳥籠の中にはいくつか部屋があった。そのうちの一つ広い部屋の中央に寝台が置かれていた。子供のように身体を丸めて眠るレフィは、未だかつてないほどのフェロモンを放出して、寝顔を眺めているエルネストの身体を熱くさせた。 「レフィ愛してる――」  寝室に入る前にエルネストはレフィを医者に診せた。ぶつけた場所が悪かったのだろうと医者は言った。中で出血していないか心配したエルネストに、医者は「オメガならば発情したほうが治ります」と言った。オメガの異常回復で視力まで治るとは限らないが、頭の中で出血しているなら早くしたほうがいいと勧められたほどだ。 「視力が戻れば、きっと私の道化を笑うだろうな」  笑われてもいい、治って欲しいとエルネストは祈るような気持ちでレフィに触れた。
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