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5
一方的な想いだとエルネストは思っている。離れた時、レフィはまだ十になったばかりだった。エルネストに対して親愛はあっても身体を繋げたい、自分のものにしてしまいたいと思ったことはないはずだ。それを『運命の番』だからといって鳥籠に閉じ込め、自分だけを愛せと言ってレフィが頷くとは思えなかった。それにエルネストは『運命の番』が本能により相手を求めるだけで気持ちはそうではないのだと、レフィの母に聞いて知っていた。
「わたしは正妃様に申し訳なくて……。『運命の番』などという本能のせいで陛下はわたしを愛していると思っていらっしゃる。でも私は死んでしまったレフィの父をまだ愛しているし、正妃様の愛が陛下をとても深く護っていらっしゃると知っています。わたしは何故あの方に出会ってしまったのでしょうか。『運命の番』と出会うことが本当に幸せなのか、わたしにはわかりません」
あの頃、レフィの母はエルネストに話を聞いてもらうことだけが救いのようだった。エルネストとしては新しくできた弟に会いたくて訪れるお茶の時間だったが、彼女には愚痴を吐ける相手がエルネストしかいないのだとわかっていたから付き合っていた。レフィの勉強が終わっていなければ、鳥籠の一室に招待された。レフィの母と話をすることは別段嫌ではなかったが、時折父と顔を合わせることがあって、それは何故か居心地が悪かった。父が父でも王でもなく、ただのアルファとしてエルネストを威嚇していたからだと気づいてからはできるだけ父に会わないように気をつけたほどだった。
「『運命の番』とはもっと激情的なものだとばかり思っていました」
少なくとも父を見ていればそう思えた。
「わたしはオメガなのです。旅の楽士をしていたとはいえ、それはただ仮初めの姿。番が亡くなり、保護してくれる人がいなかったわたしにはお金を稼ぐために許されることが楽士くらいしかありませんでした。オメガは身体を売るのが生業だと思っている方が多いですから。楽士となり、招かれた家で春をひさぐのです。今となんら変わりがありません」
「愛していないのですか? 『運命の番』である父を」
「わたしを番にしてくれたこと、レフィを引き取ってくれたことには感謝しています」
二人がなんとも言えない顔で沈黙していると、勉強を終えたレフィが駆け込んできた。
「義兄上。お待ちしていました。僕、この前教えてもらったゲームの続きをしたくて。義兄上はお忙しいので、いつ来られるのかと……」
駆けてきたからかレフィは頬を紅潮させて微笑んだ。
「レフィ、挨拶はちゃんとしなさい。エルネスト殿下が面食らっていますよ」
「お母様……はい、ごめんなさい」
「レフィ。挨拶はいいからゲームをしようか。私も楽しみにしていたんだ。弟がいる人がいつもうらやましかったからね。ほら、早くケーキをお食べ」
「義兄上」
「兄上じゃなくて、お兄様って呼んで欲しい」
「エルネスト兄……じゃなくて、エルネスト兄様?」
「ああ、可愛い。レフィ、お兄様のケーキもあげよう」
「エルネスト兄様も一緒に食べましょう。このケーキ、美味しいんですよ」
レフィはエルネストの隣りにちょこんと座って、ケーキを頬張った。レフィの母の穏やかな微笑みとレフィの信頼に溢れる眼差しを向けられて、エルネストは今まで持ちえなかった穏やかな時間を心地よく感じていた。
自分のものなら何でもあげたかった。喜ぶ顔を見るのが何より嬉しかった。可愛い弟、そのレフィをこれから抱くのだ。名乗りもせず、兄とも呼ばれず……、ただ『運命の番』として。
「レフィ、愛しいレフィ……」
エルネストは眠ったままのレフィの唇に指で触れた。
そういえば、唇への口付けは特別だったとエルネストは思い出した。次に会ったら恋人として口付けすると決めていた。緩く開いて白い歯が見える口にエルネストは触れた。
やわらかい唇をペロッとなめて、口を塞いだ。
「ん……」
発情し始めたレフィの声はあえかでいるにもかかわらず、確実にエルネストの本能を刺激した。
「唇も唾液も甘い……な」
エルネストは甘いものが好きというわけでもないのに甘さを好ましく感じた。
もっと深く味わいたいとエルネストはレフィの唇を割り、口の中にあった舌を絡めとった。
眠っていたレフィの目が見ひらかれ、拒絶の色で瞳を染めた。逃げる顔を片手で押さえ、口に指を差し込めば小動物のように怯えながら噛みついた様でさえ愛しい。
「レフィ、運命の番だ。愛してる――」
エルネストは、心を込めてレフィに囁いた。
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