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 レフィは夢を見ていた。小さい頃の夢だった。  母がいて、血の繋がっていないとはいえ優しい義父がいた。義父には彼と血の繋がった息子がいて、彼は六歳年の離れたレフィのことを弟のように可愛がってくれた。  義父が国王であり、正妃がいなければそれは普通の家族の有様だったのかもしれない。義父は『運命の番』である母をことさら愛した。  多分、レフィが幸せな時を過ごしていたのは一年にも満たない。母が義父の正妃に殺されたからだ。レフィは母の最期を見ていない。気が狂ったように慟哭する義父が母を離さなかったからだ。 「お母様がお亡くなりになりました――」  父の乳母でレフィの身の周りの世話をしてくれているジーナが泣きながらレフィの前で頽れた。 「え、お母様が? どうして……だって朝は元気だったのに!」  ジーナの悲痛な声は嘘を言っているようには聞こえないのに信じられなくて、レフィはジーナのスカートを握って叫んだ。 「お母様は王妃様に刺されて……陛下の胸の中で息をひきとりました」  ジーナは喉を詰まらせながら、そう告げた。 「お母様、一人じゃなかったんだ……。良かった……、あ……う……ううっ、お母様……っ! お母様ぁ!」  母が刺されて一人ぼっちでいかなかったのだと知って、レフィは少しだけホッとした。その後でとてつもない孤独感が襲ってきた。今までずっとそばにいて愛してくれた母がもういないのだと思うと、地面に吸い込まれていきそううだ。  レフィは正妃と面識がなかった。大好きな義兄の母親でアルファの美しい人ということしか知らない。その人は、義父の命令によって閉じ込められたと聞いた。  厳戒態勢が敷かれていて、どれくらい時間が経ったのかわからなかった。義父と正妃の親族が対立し、レフィの命も危ないかもしれないから住居から出ないようにと厳命されていた。義父と母とレフィの住んでいたところに隔離されてレフィは泣くことしかできなかった。 「お母様……、お母様……どうして」  どうしてという言葉しか出てこなかった。涙が尽き果てぬくらいに溢れてもレフィの心は癒やされなかった。  母は殺されるようなことをしてしまったのだろうかとジーナに聞いても首を振るばかりで、レフィの知りたいことは何もわからなかった。 『レフィ、辛いことがあってもそこばかり見ていては駄目。目を上げて空を見てみるとか、散歩してみるとか、歌を歌ってみるとか……気持ちの持ちようで人生は変わるの』  母の言葉はまるで未来を暗示していたように思えて悲しかった。  震える声を空に放りだすように、レフィは子守歌を歌った。母がこの王城に来る前はよく歌ってくれた歌だ。 「寝る子……の頬に口付けて……っ星空に挨拶をして……今日はおやすみ……おやすみなさい。お母様……」  レフィはシーツを掴んで転がり、母を呼んで目を瞑った。 「レフィ!」  扉が開かれて、エルネストが入ってきたのはレフィが微睡んでいたときだった。  厳戒態勢の中、入ることのできないはずの兄が入ってこられたのはジーナが一緒だったからだろう。久し振りに見たエルネストは顔色も悪く眉間に皺が寄っている。綺麗な空色の瞳も曇っているように見えた。こんな顔をみたのは初めてだった。いつも穏やかに微笑む美しい人なのに。 「エルネスト兄様!」 「ジーナから聞いた……。レフィがどこかへ行くのだと」  レフィは何も聞かされていなかった。 「どこか……」  一緒に入ってきたジーナを見ると痛ましいものを見る目でレフィを見つめていた。ジーナは幼少期のエルネストにも仕えていた。レフィはそれを知って、大好きな義兄の話をよくねだったものだった。レフィが城を去ると知ったジーナがエルネストに報せてくれたのだろう。 「レフィ……」 「僕は行きたくありません! 兄様の傍にいたい!」  寝台で寝転がっていたレフィが起き上がると、エルネストは寝台の端に座った。思い切り抱きつくと、エルネストは同じように抱きしめ返してくれた。 「すまない、レフィ。謝って済むことではないけれど、君のお母様を私の母上が……」 「兄様! 謝らないでください。母はいつも正妃様に申し訳ないと謝っていました。皆も言ってた……正妃様はとても立派な人なのに、お義父様が血迷ったのだと。母やお義父様が悪いのでしょう?」  母は『運命の番』である義父を拒めないのだと言っていた。義父は、母しか見えていない人だったから、こんな未来が全く予想できなかったのだろう。レフィにも母にも王城の不協和音は耳が痛くなるほど響いていたというのに。  どうして母が殺されたのですか! 返して! と訴えることがレフィにはできなかった。  悲愴な顔でレフィの母の死を悼んでいるエルネストをこれ以上傷つけたくなかった。  レフィは母が生前言っていたことを思い出して、義父と母が悪かったのだ思い込もうとした。けれど、エルネストは抱きしめたままのレフィの顔を人差し指の腹で撫でながら首を振った。 「レフィ、違う。母上にも譲れないものがあっただろうし、辛かっただろう。でも殺していい理由にはならない。レフィの母上はオメガで、とてもか弱かった。母上は、オメガを擁護したいと言っていたのに……」  エルネストは信じていたものを失った。それによって基軸が揺らいでいるように見えた。  アルファとしても上位で、王太子として至高の立場にいる人なのに、何故だか大丈夫だよと金色に輝く頭を撫でて慰めたい。背が高いエルネストにそんなことはできないけれど、今は寝台の上に二人とも座っているから手が届く。失礼にならなかいかと迷っていると、ポツポツとレフィの頭に水滴が落ちてきた。温かいその雫は、涙だった。
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