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『レフィ、どんな困難があっても迎えにいく。誰のものにもならず、待っていて――』  大好きだった義理の兄。優しくて、血の繋がりもないレフィをまるで本当の弟のように可愛がってくれた。皆に敬愛され、傅かれている高貴な人なのに、レフィを膝に乗せてケーキを食べるという行儀の悪さを微笑みでごまかしていた。  キラキラ太陽のように輝く金色の髪、知的で冷たくも見える青い瞳がレフィに微笑むときは春の青空のように見えた。 『レフィ愛してる――』  微睡んでいたレフィの耳に熱の籠もった声が届いた。自分の間近から聞こえた声は、願っていた義兄、エルネストのものではなかった。低音は耳から入って、ゾクリとレフィの腰のあたりに響いた。  兄の声はもう少し高く、軟らかだった。 「ヒッ――ッ! 誰だ? 触るな!」  吐息が首にかかり、レフィは悲鳴をあげて身体を硬直させた。  見えない恐怖はずっとあった。殴られて、その後馬車で移動させられた時も、衣服を脱がされた時も。 「レフィ、発情している。苦しいだろう?」  でも今より恐ろしく感じたことなかった。発情している、ということはこの男はレフィを抱くつもりなのだ。 「薬、薬をください!」  どんなにみっともなくてもいいとレフィは懇願した。なんとしても男に身体を明け渡すわけにはいかないのだ。  唇を噛みしめてレフィは熱く燃える身体を堪えようとした。悪夢のようだった人身売買の会場で意識を失ったはずなのに、目が醒めたら知らない人の前で発情していた。今まで薬で抑えていたから知らないはずなのに、これが発情だと本能でわかった。 「ハッ……あ……っ」  発情を抑える薬を欲しいと願ったレフィの口を男は口付けることで黙らせた。合わさった唇が気持ち悪いと振り払おうとしたレフィの手が意識しないまま男の肩の服を握りしめて震えた。  間違いなくアルファの男だとわかった。花が匂いで虫を寄せ付けるようにレフィの身体からアルファの男を狂わせるフェロモンが出ているのだろう。レフィの身体が男の唾液でおかしくなっているように男も同じように息が荒い。 「噛みしめては駄目だ……口を開けて」 「やめっ! 名前も知らない男に誰が――!」  レフィはともすれば抱きついてしまいそうになる身体を横に倒した。それでも追いかけてきてこじあけようとする指先を噛んだ。 「うっ!」  痛みを堪える声に、レフィは恐怖を覚えた。殴られると身体が萎縮した。視力を失うほどの衝撃を受けたレフィには、暴力はトラウマとなっていた。カタカタと歯が鳴った。 「怖がらなくていい、大丈夫。君を殴ったりしない。ローレルだ。私のことはローレルと呼んでくれ」  ローレルはレフィの身体を抱き起こすと、身体を包み込むように抱擁した。 「ローレル……」  知らない名前だった。会場にはオメガを護ろうとする役人達が入ってきたけれど、助けは間に合わず好事家のものとして運ばれてしまったのだ。  レフィにとってはエルネストでなければ誰でも一緒だ。 「レフィ……、勃ち上がっているね。気持ち良くなって――」 「いやっ、レフィじゃない。レフィと呼ぶな! 俺はレフィオレ、フィオと……呼んでくれ」  ただ名前を呼ばれないために偽った。よくこんな簡単に嘘がつけたものだと後でレフィは思った。  レフィはもう気付いていた。身体の昂ぶりは収まらず、薬がないオメガのレフィにはどうする術もない。逃げるには目は見えず、身体は発情で今すぐにでも貫かれたいと震えはじめている。  ただ、レフィと呼ばれるのは我慢できなかった。  レフィは待たなくてはいけないのだ、エルネストの迎えを。約束のその日を――。
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