4.代えはきかない※

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4.代えはきかない※

ふたり暮らしの部屋探しで個室は譲れない条件だった。最小限の調度品が心地よい俺と、対称的にカラフルで雑多なあいつの部屋。 でも不可侵条約を結んでまで一緒にいたいのは、あいつが『お互いの存在が一番大事』だと教えてくれたから。それさえ間違わなければ、あとは些末なことだと信じられるから。 ◇ ◇ ◇ 「代わりなんていくらでもきくもんだな」  キッチンとリビングとベッドルームでもある部屋で、鍋から直接食べる夜食は主食と副菜を一度に摂れる。  格好つけるつもりはないが、それなりにこだわりがあるほうだと思っていた。2週間ですっかり変わった生活に自分が驚く。  同期入社の岡田が事故にあい休職した。配属された営業所は違ったが、研修や会議で顔を合わせれば刺激を受けるいい仲間だ。治療とリハビリに数ヶ月かかる見込みで復職は未定。営業職の彼の仕事内容や抱えた得意先の多さを考えれば周囲への負担は少なくない。  戸籍上は独身で家族の介護など差し迫った事情がない俺に“代わり”の指示がでることに不服はなかった。俺がリーダーをしているチームはちょうど新規開拓が落ち着いたところで、サブリーダーに任せられる状況なのも幸いした。  片道2時間とちょっとの移動距離。無理をして通えなくはかったが、営業所の近くで短期の賃貸物件に入居するほうを選んだ。家事は苦にならない性分なので、移動時間に疲弊するより仕事に集中できる。  同棲している快哉とは、大学時代から付き合っていてそろそろ9年になる。俺にとっては初めての恋人で、さらに趣味の違う者同士の同居だった。  身構えていた俺に対して快哉は、違うことは当たり前でそれすら楽しいのだと示してくれた。卒業して社会人になってもそのスタンスは変わらない。会社は違えどいつも俺に違う視点をみせてくれる。今回も「期間限定の単身赴任だな。頑張ってこいよ」なんてさらっと言うから、俺も迷わず「ま、頑張ってくるわ」と答えた。    それから2週間。  代理リーダーとして出社した俺は、受け入れ側の協力を得て思った以上にすんなりと仕事ができている。風通しの良い社風のおかげか、異動への心的ハードルが低いのかもしれない。  逆もまた然りで「僕、リーダーみたいにはできません」などと俺に泣き言を言っていたサブリーダーの高橋は、こちらもなんとかチームをまとめているようだ。後輩の成長は喜ばしい。  それからさらに2週間が過ぎた。 手術が成功したと聞き岡田を見舞う。3ヶ月後には復帰したいと意欲的にリハビリに取り組んでいた。「無理はするなよ」と言っておいたが、こちらもうかうかしていられない。手探りだった営業活動も本来の調子が出てきて、この分なら期待に応えられるかなとほっとする。    会社なんて誰が抜けてもなんとかなるものだと頭ではわかっているし、そうでなければならない。一方で自分がなくてはならない人材だと認められたい。当たり前すぎて考えたこともなかったがそんなもんだ。淋しいとも駄目だとも思わない。みんなが替えのきく歯車だ。でも歯車は大きさも素材も色もまちまちで、本当にいろんなところで力を伝えあっている。そのことを実感できたなと帰り道に思っていた。  そして1ヶ月の間に実感したことは、もう一つあった。  わりと順調に馴染んだつもりでも気疲れはする。俺は週末の休みも自宅に戻れず一人の部屋にいた。そこへ快哉が連絡もなしにやってきたのだ。「久しぶりの独身生活楽しんでるか?」などと可愛くないことを言いながら、こっそりと冷蔵庫にタッパーを入れるのを見ないふりをした。 快哉も家事はするが料理は俺のほうが得意で普段はあまりやらない。そんな30歳男性がワンルームの小さな冷蔵庫を確かめているのを、どうしょうもないくらい愛おしく感じた。さらには「えっちな本でも隠してるかな」とか言いながらなんとなく部屋を片付けたりしている。  わかりやすいのか、わかりにくいのか。  返事の代わりに「ちゃんとやってるよ」と答えたらにこっと笑う。9年経っても変わらない俺の大好きな表情だ。そして『お互いが一番大事』だときちんと伝えてくれる。だから俺も伝えるんだ。  おまえの代わりがいないことを実感できて、俺はこんなにも嬉しいよ。  ⧿ * ⧿ * ⧿ * ⧿ * ⧿ * ⧿ 導入部分の140字をTwitterに投稿しました。 ちょっとふくらませて、お仕事BL(風?)書いてみました。。
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