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59.ひとりで寝ると言った夜 ※
「俺、今日はひとりで寝るから」
その言葉に、俺は「ん?」と考える。
歯を磨く手は止めず、鏡越しにそっとミチオの顔色を窺った。
すっかり寝支度をすませた彼は、ぷりぷり怒っているようではなく、どうやら拗ねているようだ。
「夕飯のときは普通だったよな……」
自分の言動を振りかえっても、これといった原因は思い当たらない。
「わかった」
俺は静観することにして、あえて理由はきかないことにした。5年も一緒にいれば、なんとなく事の深刻さは感じとれる。
ルームシェアの名目で同居をしているので、それぞれの寝室はある。ミチオの寝室がめったに使われない、というだけだ。
「おやすみ」
俺の声に、ミチオは聞こえないふりを返してきた。
さすがに、すんなりとは寝付けそうになくて、やりかけの仕事を取り出した。
こんなとき俺は、酒ではなく仕事を選ぶ。いつもミチオに呆れられるのだが。
「あ、来週の休みが、駄目になった件か……」
来週の水曜日は、俺の誕生日だ。
シフト制で勤務するミチオは、先月のうちに休みを申請していると言っていた。それが急遽、出勤することになったらしい。
「俺が、別にいいよって言ったから」
そんな子どもっぽい理由で、とは笑えなかった。
「俺と一緒にいてくれてありがとう」
ミチオの口癖だ。
でも、嘘のない、心からの言葉だ。
だから、俺の誕生日も一生懸命祝いたい。
「代わりに、俺が休んで何かするかな」
明日ミチオと相談しよう。そう思ったら、仕事をする気が失せてしまった。
ぼんやりとしたオレンジ色の灯りに、肌掛けから出ている足だけが見える。
「ひとりで寝るって……」
おかしいのに、愛おしくて。
俺は、笑いださずにはいられなかった。
【了】
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