9.昨夜の記憶(充之と真思)※

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9.昨夜の記憶(充之と真思)※

 もう朝とは呼べない時間にベッドから出た。寝ぼけ眼で歯を磨きながら「今日はいい天気だな」などと呑気なことを思っていた。そのことに気付くまでは。  俺の顔を映す鏡が明るいのは陽射しを受けているからではなく、曇りなく磨かれているからのようだ。視線を落とすと、洗面ボウルも水垢ひとつ無く蛇口が輝いている。  「何かやらかしたか?」 俺は必死に昨夜の自分の行動を思い返す。キッチンからコーヒーの良い香りが漂ってくる。  思い当たるものは何もないが、恐る恐るテーブルにつく。 「おはよう。充之(あつし)、ごはん食べられそう?」  真思(まこと)が笑顔を向けてきた。  昨夜は、職場の先輩に頼まれて参加した合コンだった。日頃世話になっている本間先輩がセッティングした合コンに、当日になって男が一人足りなくなったらしい。先輩には同棲していると言ってあるから普段はそんなこと言わない。昨日は先輩の意中の女性が来ることになっていたんだ。飲み代を半分にする、と手を合わせられた俺は休憩時間に「飲み会に出ることになった」とメールし、先輩のために座を盛り上げ、二次会は丁重にお断りして帰宅した……はずだ。    俺と真思は、2年前から一緒に暮らしている。正確には真思の部屋に俺が住みついている。  高校の同級生だが、当時はほとんど接点はなかった。3年前、俺が免許更新用の眼鏡を買うために入った店で働いていた。特にこだわりもなかったから、在庫のあるレンズを使って一時間ほど待って眼鏡は仕上がった。びっくりするくらいクリアになった視界とそこに映った笑顔に感動したんだ。会計してその場で飯に誘った。軽いと思われるかもしれないが俺はフットワークと荷物の軽さを自分の長所だと考えてるから気にしない。待ち合わせまでの時間で自分の恋心を認識していた。でも接客態度から真思が物事に慎重なタイプだろうと感じたのでそれ以上は間合いを詰めなかった。それから何度か誘って、半年後に告白してなんとかOKをもらい、更に半年後同居にこぎつけた。その時初めて真思に「高校時代から好きだった」と告げられて2度目の感動を味わったんだ。俺はどちらかといえばなんでもフラットに考える方だが恋愛に奔放なわけではなかった。彼女がいたこともあったが執着が無さすぎてふられている。でも真思だけは手放したくないなと最初から思っていた。慎重すぎて要領が悪くみえるが気配りができて好きだな、と違和感なくそばにいられるんだ。  そんな真思の笑顔に、隠しようのない影を見つけて鈍感な俺も察した。  真思は俺の気持ちを疑ったりはしない。昨日の飲み会が合コンだろうと断りきれずに参加したことは分かってくれている。それでもきっと飲み下せない気持ちを抱えてしまったのだろう。お互いは納得して一緒にいるけれど、やはりなんとなく後ろめたいような。でも自分を偽りたくないし誰も責めたくない。「そんなときは“なんにも考えずにできること”をするんだ」そう言っていたことがある。それが水回りの掃除だったのだろう。2年の間に掃除は俺がすることが多くなったが、疲れて疎かになっても真思が目くじらを立てることはない。休みの日に俺もリカバリーするし、そこはお互い様だ。俺を待つ間か、酔った俺が眠った後かは分からないが目にとまった汚れを一心に磨いた、そんなとこだろう。  外はやはりいい天気のようだ。今日はまだ半分以上残っている。寝不足の真思に負担をかけず楽しくさせる方法を、コーヒーを飲みながら考えよう。  ⧿ * ⧿ * ⧿ * ⧿ * ⧿ * ⧿ この二人のお話は、 まだ続くと思いますm(_ _)m
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