10章 病気

6/11
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
 「勝輝のこと、覚えてる……?」  「当たり前よ。子供と夫の顔だけは、何があっても忘れないわ。忘れられるわけがないでしょう?」  涙ながらに、勝輝が帰ってきたこと。今自分は宮音音大の1年で、今年のクリスマスに19になること、ショパンコンクールで優勝したことを話す。  そして……結局母は、自分の誕生日の前日に死んでしまうこと。祖父母の家に行くも、その1年ほど後に飛行機事故で2人とも死んでしまうこと。親戚の言葉に傷つき、雨の中を走って勝輝の友人の元に転がり込んだこと……全てを話した。  黙って聞いていた母は、そっと頭を撫でてくれた。  「頑張ったね、紅陽。私が死んじゃうばかりに、そんなことになっちゃうなんて……本当に、ごめんね。」  母の口から出た、自身を責める言葉に、一瞬周りの音が消えた気がした。  違う、母が死んだから不幸になったわけでは無い。  悪いのは親戚達だ、誰も味方になってくれなくて、子供の前で、容赦なく金の話ばかりするあのクズ達のせいだ。  『ピアノをやめさせた方がいい。あんな金の無駄になることを続けて何になる。どうせ勝輝や望美の影響だろうに。だったら塾にでも入れて一流大学を目指した方がいい。』  叔父の言葉が蘇った。  ピアノをたくさん教えてくれた望美と勝輝、何でも褒めてくれた父、いつも包み込んでくれた母。  家族とわずかな時間だけでも過ごせたこと。みんなで笑った生活があったこと。少しだけでも一緒に出かけれたこと。父、母、望美、勝輝、自分……この5人で過ごしていた、日々の断片。  それら全てが、今の自分を作ってくれたから、いつだって、あの頃の幸せな日々は残っているから……!!  そう言いたいのに、どうしても言えない。どうしたら母の心を軽くしてあげられるのだろう。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!