11章 本音

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 「よく来たな。入れよ。」  靴を脱いで上がれば、懐かしさが湧き上がる。何年も前、この家で、良平と何度も飲み明かした。  だが、リビングに入って違和感を覚えた。  (クッション……茶碗やコップ……色々1つ増えてる……?)  まるで、もう1人一緒に住んでいたような、そんな違和感だ。  腰を下ろすと、目の前に座った良平が冷たい麦茶を出しつつ、優しい目でこちらを見てくる。  「気づいた?」  「これって……」  良平が頷いた。  「そう、紅陽くんだよ。大体3年ぐらいかな、中学を卒業するまでここに住んでいたんだ。で、高校になった時に俺が保証人になってマンションを借りて、そこから一人暮らししてるよ。バイトしてる状態じゃなかったからさ、俺が全部払ってるけどな。いい子だよ、ほんと。」  思わずコップを置き、無我夢中で土下座していた。驚いたように「そんなことすんなよ」と言ってくれる良平の声に、何度も首を横に振った。  本当なら、自分がやるべきことだ。それを、あれから6年近く、良平が肩代わりしてくれたのだ。  「紅陽くんは……」  そっと顔を上げると、良平が暗い目をして口を開いた。  「今、宮音音楽大学にいるよ。ショパンコンクールで、高校2年生の時に優勝してね。特別推薦枠で行ったはずだ。」  今は会わない方がいい、と言う良平の声に、きっぱりと返していた。  「俺は……会わないといけないんだ。あいつを、もう一度支えてやらないといけないんだ。兄として、家族として。ありがとな、水嶌。」  それ以降、何も言わずに「健闘を祈るよ」と送り出してくれた良平に、感謝しきりだった。
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