36人が本棚に入れています
本棚に追加
0章 プロローグ
「ねぇ、あの人かっこよくない?」
朝、通勤ラッシュの時間帯をわずかに過ぎた時間に、そんな囁き声が響いた。
イヤホンを耳に入れ、スマホの画面に視線を落とし、手すりに肘を置き、背中を壁に預けた状態で、静かに電車に揺られる青年。
見ている画面には「紅陽」と書かれた、無料トークアプリのアカウントが見えている。
スラッと長い足、長く細い指、整った顔、短くも長くもない髪。ジーンズに薄い長袖、白いパーカーを身にまとい、口を引き結んでいる。
パッと見は「イケメン」と言うべきだろう。
『まもなく、宮音音楽大学前、宮音音楽大学前。御出口は、右側です。開くドアにご注意ください。宮音音楽大学にお越しの方は、ここでお降り下さい。』
電車の速度が落ちた時、青年はふっと顔を上げ、スマホをジーンズのポケットに仕舞った。
そして電車が止まるや、イヤホンを外しながら、足早にホームへ出て行った。
周りには目もくれぬその行動は、まるで「この世の全てに興味が無い」とでも言っているかのようなものだった。
最初のコメントを投稿しよう!