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黄ばみ、水にふやけてボロボロになった紙を見た瞬間、目の前が滲んだ。
『あさひ いきて ぜんりょくで』
ボールペンで書かれたらしい、歪んだ字。姉が咄嗟に持ち出したらしい鞄の中には、何故かペンケースが入っていた。
ボールペン1本と、紙。たったそれだけが入った、ペンケースが。
「姉貴……」
分かっていたのかもしれない。もう自分は助からないと、もう二度と弟に会うことは出来ないと。そうでなければ、こんなものを書くわけがない。
ぽたぽたと音を立てて、埃の積もった床に涙が落ちていく。
「ほんと……馬鹿野郎……馬鹿姉貴……」
そっと勝輝が抱き締めてくれるのを感じながら、涙を流し続けた。
初めて知った。姉がこんなものを残していたこと。どんな気持ちだっただろう。どんな思いで、これを書いていただろう。
しばらく泣いてから目を拭うと、他の部屋も巡り、数枚の写真と遺品を持って、家を出ることにした。
ここにいても、もう何も帰ってこない。その現実が、ひたすらに辛かったから。
リビングから出る時、そっと振り返った。
家族の茶碗、ソファ、ピアノ、食卓、止まった時計……全てが、遠い物に見えてしまって、ひたすらに辛い。
「……さよなら。」
きっと、ここに戻ることは無い。須川家は、廃屋となってしまっている。もう、ここは自分の家では無い。
自分はもう、羽倉紅陽だから。須川紅陽では無い。
(ごめんな……)
本当は全部持って行きたいけど、そんなことをしても大半がゴミになってしまう。
もう一度部屋を見渡してから、踵を返し、家を後にした。涙だけが、何故か止まってくれなかった。
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