11章 本音

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 ──遡る事、3ヶ月ほど前、9月14日。  「はぁ、久しぶりだなー。一瞬の一時帰国、ってか?」  世界公演の合間、久しぶりに紅陽達の顔が見たくなって、帰ってきてしまった。  今月末が、ここで過ごせるギリギリの期間だろう。その後は、またヨーロッパ方面へ飛ばなければならない。  「紅陽、元気かなー……。」  望美とは3~4歳ほど離れているのに対し、紅陽とは10歳も離れている。どうしても可愛がってしまう、大切な弟。  (今、俺が29だから……紅陽は18か19だな。誕生日がまだだし、18かな。大学1年か。)  あいつは、どこの大学へ行ったのだろう。母に、苦手だった国語を習ったのだろうか。どこまで大きくなったのだろうか。  (あいつのビックリした顔、見るの楽しみだな。)  ふっと微笑み、青い空を見上げた。  父の葬儀で、決して開けてもらえなかった棺。あの真っ白な、無機質な箱に縋り、父さんと寝るんだ、と泣きじゃくっていた紅陽。  父の代わりに、あいつが追える背中になってやりたい。  その思いだけで、自分の夢を捨てて、祖父母に頼み込んで養子縁組をしてもらい、須川勝輝から羽倉勝輝に名前を変えて、名立音大へ入った。  留学をすぐにしたことで、ピアノの能力は格段に向上。プロとして、海外公演の話も出始めた時、このままだと祖父母に負担をかける、という思いが浮かんだ。  すぐ祖父母に話し、そのまま1人暮らしを始めた。紅陽には、まだ言わないでくれと。海外公演に出始めた時、そこで紅陽に会いに行くからと。  そう頼んだのだった。
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