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涙ながらに伝えた懸念は、想像以上に勝輝の心を抉ったらしい。震え、それでもしっかりとした声が聞こえてきた。
「紅陽、それは違う。お前の演奏で望美の音は永遠に生きるんだぞ。望美と似ている、と誰かが思うだけで、発言するだけで、望美はみんなの中にもう一度生き返るんだ。」
20代前半で消えた姉。それでも、世界的に名が知れていた姉。
「俺じゃ無理だよ……。」
「出来る、絶対に出来る。」
勝輝の手が、こちらの手を握る。
「俺は、世界で色々と吸収したおかげで、クオリティの高い演奏は出来る。でも、望美に似た演奏だけは出来ない。それは、紅陽にしか出来ないんだ。」
勝輝の言葉と共に、姉の笑顔が脳裏に蘇る。
「たまにお前と合奏や連弾をする度に思うよ。横に望美がいる、って。ピアノを触っているのは紅陽じゃなくて、望美じゃないかって錯覚するんだよ。ずっと前に、家で一緒に合奏していた時みたいに、安心するんだ。」
また涙が溢れる。姉の演奏が聴きたい、無性に聴きたい……救助転生内で、唯一演奏を聴かせなかった姉。
姉の音が聴きたい、姉に自分の演奏を聴かせたい。父にも、母にも、祖父母にも、義兄にも……成長した今の自分の演奏を、ちゃんと聴かせたい。
(ここで……)
この、現実世界で……もう一度だけでいい。聴いてほしい。上手くなったとか、そんな言葉はいらない。
(また家族と過ごしたい……)
勝輝じゃ役不足というわけではないが、どうしても恋しい。突然の、望まぬ死だったからこそ、とても恋しい。
安心させるように優しく抱き締めてくれる勝輝の腕の中で、最後の救助転生のことも忘れ、涙を流し続けていた。
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