NO!が言えない私のひみつ

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 「ただいまっ」  誰もいないこの部屋でも、帰ってきたらまず言うセリフがこれだ。返事がないことにはもう慣れた。  私はバッグとエコバッグを玄関に落とすように置いて、抱きかかえた狸をそのまま風呂場へと連れて行く。手当てをするにも、とりあえずその傷を洗わなくては。  桶にひと肌程度の湯を張り、そのお湯を狸の身体に手のひらでゆっくりとかけていく。湯はみるみる土汚れを含み排水溝へと流れていった。けっこう長い間、あそこでうずくまっていたのかもしれない。  よくよく洗い流してみると傷口は1センチに満たない程度の切り傷だった。血ももう止まっている。  これなら大丈夫かも知れない。私は安堵から小さな息を吐いた。  「狸くん、大丈夫。きみ、すぐ良くなるよ」  震えたままだが、さっき見た時よりはだいぶ落ち着いている。  されるがままに身を任せてくる狸を抱えながら、わたしは群馬に住んでいた子どもの頃、人里に下りてきて迷子になった子狸を山に返した出来事を思い出した。  あの子、今も元気に生きているのかなあ。  元気にしてくれてるといいなあ。  私はそっと傷口を洗い清め、用意しておいたタオルで狸を包み込んだ。  目を閉じ、穏やかな表情をしている狸に、一瞬死んでしまった!?と慌てるも、その胸の心音は落ち着いて刻まれていたので、私は心底安堵した。  救おうとした手前、手の内で息を引き取りましたなんて辛すぎる。  リビングに連れて行き、私のベッド横にクッションを重ねてベッドを作った。 新しいタオルを持って来て、その上に狸を寝かせてやる。温かくするのに何かないかと部屋見回して目についたお気に入りのブランケットもかけてやった。  「……狸ってなに食べるのかな」  そこにきてやっと、私は狸が食べられるものが果たしてこの家にあるのか。その議題にぶつかったのであった。
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