9月 コルチカム

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「麗しき夜よ!どうか許可を、その肌に針を刺し管を通す許可を!!」 八剣からの説明が終わったと思えば、すかさず詰め寄るベルナール。人形みたいに整った顔で、鬼気迫った表情を見せられるとハラハラするなぁ…すごい迫力。すごぉ〜いまつげながぁ〜〜い 「あっ!麗しき夜っ!貴方、また私の顔を見て現実逃避をしていますね!?」 「あはっ、バレちゃった。綺麗な顔だなぁ〜」 「私の顔の造形なぞどうでも良いではないですか!どうか許可を…!」 縋り付く彼は、ベルナール・メンゲルベレクという。ニィさん専属医師で、俺のかかりつけ医でもある。この人も、エリお姉様と同じく直属の部下だ。つまりは、とんでもない変人ってこと! 美しい金の御髪に深緑の瞳は、整った顔の造形をより際立たせる。その美貌はさながら白衣を見に纏った天使と言ったところだろう。 彼は元々、国境なき医師団として各地を転々と巡りながら沢山の人を救ってきた人物で、その腕と患者に対しての献身を買われてニィさんの専属になったのだ。 というのは建前。 まるでナイチンゲールのような彼だが、実際はむしろ逆。彼は不健康な人間が、点滴に繋がれていたり呼吸器をつけられている光景に、異常な興奮を覚える人間で、おまけに切断や接合も好きなんだとか。自身の欲望のままに各地で医療行為と共に治験を繰り返し行なっており、大規模な人体実験を行おうと計画を立てていた所を、ニィさんが見つけた。クリミアの天使には程遠いね!どっちかっつーと死の天使じゃんね! 「うーん、じゃあちょっとだけだよ?」 根負けして許可を出したら、ぱぁっと瞳を輝かせてにこにこと嬉しそうに笑う。バタバタと忙しなく足音を立てながら、器具を取りに走っていく背中を見送って、八剣へと視線を移した。 「ニィさんはいつ頃戻るって?」 「夕食には間に合わせると」 「そっかぁ」 色々と所用を済ませるのだろうか?とはいえ夕食頃まで帰らないとなると、学園での事はそれまでお預けか… 学園、学園かぁ… 「あーあ、折角家族関係のことは色々設定を作ったし裏から手も回して貰ったのに、誘拐犯のせいで全部壊れちゃったや」 俺を挟むように侍っているフローとヴィトを両手で撫で回す。可愛いこの子達と一緒にいれるのは嬉しいが、でもやっぱり、アレのせいでニィさんとの関係が露呈してしまったのが痛い。どう見ても血は繋がっていないし、なんで兄弟?なんて言われるだろうな… 中学の頃、三者面談でやってきたニィさんについて、クラスメイトに根掘り葉掘り聞かれた苦い記憶を思い出す。血の繋がりがない事が、そんなにおかしな事なのだろうか 「愛の巣だなんだの言って、俺を狭い鳥籠に閉じ込めようだなんていい度胸してるよね。せめて庭付きの一軒家とかじゃないとやだし」 嫌な事を思い出した腹いせに、八つ当たり気味に誘拐犯を罵る。ほんの少し心が軽くなったけれど、所詮は八つ当たり。完全に晴れるわけがない気持ちを抱えたまま、毛布を持ち上げた。 フローとヴィトをベッドの中に招き入れ、俺も布団を頭から被る。 「あの人のスマホって確認した?俺の隠し撮り写真とか色々あったんだよね。バックアップ、ちゃんととっておいてね。あと、通話履歴の確認とかもやっておいて」 沈黙を保ったまま扉の側で控えている八剣へと声をかける。言外に出ていけと伝えたのだが、どうやら彼はしっかりと俺の意図を汲み取ったようだ。扉を開閉する硬質な音が部屋に響いた。 「……寂しいなぁ」 自分で追い出したくせに、いざ居なくなると寂しく思うなんて馬鹿みたい。自嘲を溢しながら、2匹の毛玉を抱きしめる。 誘拐犯とのやりとりが気付かぬうちに相当メンタルへと打撃を与えていたみたいで、今の俺の情緒はぐちゃぐちゃだ。 1人でいたいはずなのに、1人は嫌で… ずっと頭を撫でて欲しいくせに八剣を遠ざけて、いざ居なくなったら不満たらたら。あぁもう、ほんと馬鹿。素直に撫でてって言えば、八剣なら、秀にぃさんなら撫でてくれるのに…1人でいたいような、いたくないような、そんな曖昧な気持ちに振り回されて、追い出すなんて、ほんと、もう、救いようのない大馬鹿者め。 自分自身への嫌悪でいっぱいになっていた思考が、ギシリ、という軋んだ音で掻き消えた。ベッドの縁が僅かに沈んだのを感じながら、頭から被っていた毛布をそっとずらして顔を出す。 「秀、にぃさん…」 ベッドの縁に腰を下ろし、微かに笑みを浮かべた秀にぃさんとバッチリ目が合った。ふ、と軽く鼻で笑ってから、彼は俺の頭へと手を置く。 「なんで…?さっき、出てったんじゃ…」 「ベルナールが扉を半開きにして行ったからな、閉めただけだ。足音もしなかっただろう?」 「じゃあ、もしかして…」 「ふふ、寂しがっている依夜を1人にはしないさ」 顔が一気に熱くなる。俺は彼が出ていったと思い込んでいただけで、その実一歩もこの部屋から出てはいなかったようだ。つまり、寂しいなんて呟きも秀にぃさんにバッチリしっかり聞かれてしまっているわけで すぐさま毛布を引き上げて顔を隠そうとするものの、俺の考えなんて手に取るようにわかっているのだろうか?秀にぃさんは頭に置いていた手を俺の頬へと移動させて、慈しむようにそっと撫でた。それだけで、俺の動きは止まってしまう。俺の頬を包む大きくて暖かい掌に、全てを委ねてしまいたくなる。 「寝てしまっても大丈夫だ。点滴は後でしてもらうよう掛け合おう」 「ん、でも…ベルナール、ショック受けちゃうと思う…寝てるうちに刺してもいいよって言っておいてほしい…」 「…それは、…危ないと思うが……俺が止めれば……いやまて…止められるのか…?」 ぶつぶつと呟き始めた秀にぃさんがおかしくて、思わずくすくすと笑ってしまう。思案げな顔をしながらも俺の頬から手を離さず、そっと目尻を撫でてくる秀にぃさんが堪らなく好きだ。 「んふふ、秀にぃさんだいすき」 好きはなるべく伝えなきゃ。その一心で、頬を擦り寄せながら甘い言葉を呟いた。 ◆ 黒の革靴が地面を踏むたびに硬質な音を立てる。しかしそれは微かな物音でしかなく、その音に気が付けるのは耳の良い狼か、はたまた八剣と呼ばれる隻眼の男くらいだろう。 彼は目の前の扉を押し開き、ようやく外から戻ってきた銀髪の男を一瞥した。 「依夜はどうした」 「……眠って、いらっしゃる…」 不満げに眉を顰めた八剣に、ニルスは僅かに驚きを見せる。ニルスの知っている八剣という男は、主人である依夜に砂糖菓子よりも甘く、どれだけ理不尽な我儘を述べられようとも笑顔で叶えてしまうような人物なのだ。そんな男が渋く顔を歪めているのだから、能面の様なニルスの表情が動いてしまうのも無理もない。 「眠っていらっしゃるのだ、あの方はっ…!俺の手に頬擦りをしながら、耳まで赤くして愛を告げるなんて事をしておきながら…!口付けの許しを乞う前に眠ってしまわれた…!!」 酷く悔しそうに告げる八剣にニルスは思わず頭を抱えた。 「お前はそういう奴だったな」 と吐きながら、身につけていたジャケットを脱ぎ八剣に手渡す。当然のように受け取った八剣は、ジャケットを腕にかけてニルスの隣を歩き続ける。そのままニルスの寝室まで2人で向かえば、八剣は躊躇いもなくクローゼットを開き、手にかけていたジャケットをハンガーにかけた。 「それで、どうだったんだ」 「どうとは?」 「…学友の反応だ。お前との関係について話したんだろう」 ネクタイを緩めながら椅子に腰掛けたニルスに、八剣は問いかける。その瞳は鋭い光を放っているが、ニルスはそれを歯牙にもかけずにゆったりと足を組んだ。 「さほど気にしなくとも良いだろう。子供とはいえ一企業の子息だ。自ら進んで藪を突くような人物を、依夜が懐に入れるとでも?」 デスクに置いてあった書類を手に取り、そちらへと視線を向けたニルスは、八剣の問いかけへ随分とあっさりとした言葉を返す。殊更眉間に皺を寄せた八剣だったが、その悔しげな表情は一瞬で、息を深く吐いたのと同時にいつも通りの仏頂面へと戻っていた。 「……だが本人が気にしているんだ。俺もフォローしたが…ニルスの口からその事を伝えた方が良いだろうな」 「最初からそのつもりだ」 会話を続けながら、2人は各々の仕事をこなし始める。八剣はデスクに積まれた書類の片付けを、ニルスは書類から手を離しノートパソコンへと向き合う。 「それで?例のアレは?」 「ネイブが派手に引き裂いたからな…ベルナールが治療して、今は部屋に監禁中だ。依夜が回収したスマホはΣ(シグマ)に渡してある」 「…あぁ、データが送られてきてるな…」 液晶画面を見つめているニルスは、徐々に眉間の皺を深く刻みこむ。その表情の変化にギョッとした八剣は、彼の視線の先にある液晶画面を自身も覗き込んだ。瞬間、額に青筋を浮かべながら憎々しげに顔を歪める。まるで威嚇する犬のような形相に、無理もないと内心呟きながら、ニルスは一度八剣の様子を伺って、キーボードの下にあるタッチパッドを指で操作した。 映し出されたのはある映像 「……ニルス、アレは、殺そう」 「…………」 八剣の据わった目から視線をずらしたニルスはまじまじと液晶を見つめる。スマホで撮られたそれはいかにも隠し撮りのようで、依夜が体育の授業で使う体操着へと着替えていく様子が撮影されていた。 撮るのがうまいな…なんて現実逃避をし始めたニルスに大きな溜息を吐いた八剣は、無言で部屋の扉に手をかけた。 「無言は肯定と受け取るぞ」 そう吐き捨てて出ていく、姿勢正しい男の後ろ姿を見送ったニルスは、タッチパッドに指を滑らせて再生していた動画を止める。僅かに口元に笑みを浮かべたものの、それを隠すように唇に指を添えた。 普段の温厚さを消し去った冷徹で残酷な目をした男は、今頃日本刀を手に地下室へと下っている頃だろう。そして、彼の主人である依夜もまた、地下室へと降りているのだろうな。 「……それにしても、本当によく撮れているな…」 そう呟いたニルスは、またタッチパッドに指を添えた。 艶のある黒を纏い、緩やかな曲線を描くそれを握りしめながら、唇を真一文字に引き結び、八剣は歩を進める。向かう先は隠された地下室だが、その直前で、八剣はふと歩みを止めた。 地下室へと続く扉の前に、2匹の犬が身を寄せ合っていたからだ。 2匹の犬──ルルとハリルは、八剣の姿を一瞥した後、すぐさま興味が失せたと言った様子でお互いの顔を擦り合わせ始める。その様子に僅かに目を細めたものの、彼らに危害を加えるわけにはいかない八剣は、一度大きな溜息をついて 「その下に用がある。退いてくれ」 と端的に告げた。しかし2匹は我関せずと言った様子で、大きな欠伸を溢し始める。 このまま跨いでしまおうか、そう考えている時だった。2匹と1人は、微かな物音を拾い上げた。その音の出所は扉の奥。眉間に皺を寄せた八剣は、片手に持った漆黒の日本刀を握りしめながら、一歩前へと足を踏み出した。 「お待たせ…って、秀にぃさん」 扉から出てきた依夜は、紫色の瞳を丸くして目の前の八剣を見つめた。 「依夜様、何故ここへ…」 「色々聞きたい事があったからさ、聞いてたんだ〜。て言っても、まだ麻酔が切れてないみたいでぽやっぽやだったけど」 「そのような事、依夜様がなさらなくとも私めが…!」 ふにゃふにゃと笑っている依夜へと、八剣は距離を詰める。驚いた顔を一瞬見せた依夜は、みるみるうちに表情を変えていく。 「俺じゃなきゃダメなの」 薄らと口元に弧を描きながら瞳を細めた依夜は、いつも通りの声音で言葉を発した。今すぐにでも世間話をし始めそうな、そんな声音で。 至極当然と言った様子の依夜に、八剣はぐっと息を詰める。こうなった依夜は頑固だ。どう頑張ろうと意見を変えることはない。それを知っている八剣は、その場で片膝をつき首を垂れた。 「出過ぎた真似をして申し訳ありません。貴方様の御心のままに」 騎士のような行動に、依夜は口元を緩める。どこか緊迫感のある雰囲気を消し去り、いつも通りの和やかさを身に纏った依夜は、八剣の手にしていたそれに一度視線をやってから彼の頭をそっと撫でた。 「俺の方こそ、八剣が嫌な事してごめんね。もう少しだけ、我慢していてね」 頭に置いた手を耳へ、次は顎へ滑らせて八剣の顔を上へと向かせる。緩く笑みを浮かべた依夜はそのまま顔を近づけて、八剣の額へと口付けを落とした。 「依夜様…」 唇を離せば、頬を赤く染め自身を見上げ感嘆の声を溢す八剣が依夜の視界を占拠する。うっとりと笑みを浮かべ、依夜は八剣の頬を撫でた。 依夜はこの瞬間が一等好きだ。褒美を与えた瞬間、真っ黒な瞳の奥で、蕩けてしまいそうな甘さを孕んだ、纏わり付く様な情が煮えたぎる八剣の瞳が好きだ。 漆黒の瞳が、まるで深淵のようだと感じるから。 底なしに堕ちてしまいそうで、堪らなく、ゾクゾクするから。 体に絡みつく彼の視線が、首輪に繋がれる感覚のように思えて心地よいから。 「部屋に戻ろっか。お世話してくれるんでしょ?」 「…勿論です。私は、依夜様の飼い犬ですから」 跪いている八剣をそっと立たせた依夜は、そのまま彼の手を取り足を踏み出した。 ─────────────── 「依夜様…その…移動も私めにお任せいただけませんか…?」 「えっ?あ、抱っこでって、こと…?それは…流石に…」 「……申し訳ありません…出過ぎた真似をしてしまいました…エスコート致しますので、お手をどうぞ…」 「あ、あ〜〜〜っと……なんか、なんか突然足が痛くなってきちゃった〜!普通に歩けそうにないから、抱っこしてもらえないかな〜?」 「依夜様っ…!!」 「わっ、ちょッ…!子供抱っこはやめてよ!?俺がチビだって思い知ってしまうので〜〜〜!!」 お久しぶりの更新です。某ポケットなモンスターのゲームで念願の色違いピンク統一パを作れました!やったぜ! 発売からずっとやってたんですが、あらかたやって満足したので更新頻度を上げていきたいと思っている所存です。これからもよろしくお願いします🥺
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