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カニカマがたっぷり入った塩ラーメンの上に、半分にした固茹でのゆで卵と市販の海苔を仕上げとして載せれば完成!
出来立てほやほやのラーメンは真っ白な湯気をゆらゆらと漂わせながら食欲をそそる香りを運んでいる。ぶわりと溢れてきた唾液を飲み込みながら、千秋に箸を渡して両手を合わせた。
「いただきまーす!」
食前の挨拶をちゃちゃっと済ませて箸を持つ。真っ白な湯気の中から淡黄の麺を掬い上げ、熱を飛ばすように息を吹きかける。唇に一度麺を触れさせて、熱さを確かめてから一気に麺を啜る。垂れ落ちてきた髪の毛を耳に掛けながら、汁が跳ねないように麺の端まで啜り終えて、口の中が麺でいっぱいになった。咀嚼するたびに胡麻の濃厚な香りと、深みのある味が舌の上で踊る。
しばらく麺を堪能した後、カニカマを箸で掴み麺と一緒に口の中へ。やっぱ塩と魚介、合う〜〜!!市販のカニカマは鮮やかで彩りもいい感じになるし、サイコー!俺はお高めのカニカマより安くてたくさん入ってるカニカマの方が好き。四角くてちっさくてかわいくて食べやすいので!
無心で麺を啜りつつ、チラリと目の前にいる千秋の様子を伺う。彼も麺に息を吹きかけながら、ゆっくりと麺を啜って食べているようで安堵する。
つい先程まで見せていたあの痛ましい表情は一体なんだったんだろう。とても悲しそうな顔で、俺の口の中を弄って、吐かせようとしていたのは何故?直前の言葉が関係している?
「薬を飲まされたんだろ」と、問いかけにも断定にも取れる声音で言われたのを思い出す。あの時の声は不安と焦りを混ぜたような声で…だとすると、あの時千秋は俺の体を心配していた?誘拐されてからの事ではなく、飲まされた薬がもたらす体への悪影響を?
最後の麺を飲み込んで、とっておいたゆで卵を一口で平らげる。左の奥歯で噛み潰しながら、カニカマを食べている千秋を見つめた。
「千秋、まだお腹に入る?残ったスープでシメ作ろうと思うんだけど」
「…ン、」
卵も全部飲み込んで、最後にスープを一口だけ喉に流し込む。一息ついてから同じく食べ終えた千秋にまだ腹に入るか聞いてみたところ、彼は素っ気なく返事をした。その様子にくすりと笑みをこぼしながら、残ったスープをキッチンへと持っていく。
冷蔵庫からとろけるチーズとパックごはんを取り出す。パックごはんは一度レンジで2分ほど温めてから、スープに半分ずつ投下!
「リゾットにするんだけど、チーズ多めがいい?少なめがいい?」
「…………………多め」
「んふふ、はぁい」
しばらく悩んだ末に多めが良いと答えてくれた千秋。
千秋って、どっちが良い?って聞くと必ず片方選んでくれる。どっちでもいいとは絶対言わないから、ご飯の献立で悩んでいる時はついつい千秋に聞いてしまう。たまにどっちもって言われるのも面白いしね。
とろけるチーズをたっぷり乗せて、レンジに投入。2分ほど経てば簡単リゾットの出来上がり。パセリはないから彩りが足りないかもだけど、まぁ気にせずに食べちゃおう。
スプーンを取り出し、どんぶりを運んで着席。熱々のリゾットを掬い上げる。
「あはっ!みてみて千秋!チーズすご!」
とろけたチーズがみょいーんと伸びてる。はしゃぎながら千秋に見せたら、チラッと一瞬見てから鼻で笑って、早々にリゾットを食べ始めてしまった。俺も食べよ…
ふーっと息を吹きかけて熱を飛ばし、口に含む。あつあつのチーズがしっかりとお米に絡みついて、噛むたびにチーズのまろやかな味わいと塩ラーメンの塩味が広がっていく。塩味のリゾット、安定感のある美味しさだ〜〜〜
「っはー、美味しかった!」
椅子の背もたれに体を預けながら、満腹になった腹部をさする。目の前のテーブルにはからになったどんぶりが、やり遂げたと言わんばかりに鎮座している。
甘いものは別腹だとはいうが、今はもうデザートすら入らなさそう。
「千秋、今日泊まってくでしょ?今の時間に廊下でたら罰則食らうだろうし…」
「………あぁ」
「お風呂、さっき沸いたから、まだなら先に入っていいよ。外出してたんでしょ?」
無言を貫く千秋は、俺からの問いかけを無視して立ち上がる。今の彼は黒いパーカーにハーフパンツ、スポーツインナーを着ている。ランニングウェアの手本のような格好から察するに、体を動かしてきたのだろう。ジムに行ったのか敷地内をランニングしてきたのかは知らないけどね
そのまま歩を進めるのかと思ったが、彼は徐に俺の分の食器を持ってキッチンへと向かう。驚いてそのまま見送ってしまうものの、すぐさま彼に駆け寄った。
「ちょ、千秋、お風呂は?」
「……るせェ。ジムでシャワー浴びてきた。テメェが先入れ」
「…わかった。じゃあお言葉に甘えちゃうね」
こちらには一瞥もくれずに、スポンジを泡立たせて食器を洗い始めた千秋の手元をじっと見つめる。手際よく洗っていくところを見るに、普段からやっているため慣れているのだろう。千秋ってもしかして、結構家事とかするのか…?
「とっとと入れアホ」
意外な一面を発見してニマニマしていたら冷たい視線を浴びせられた。は〜い、入りまーーーーす
きめ細かな泡を纏った体をシャワーでゆっくりと洗い流していく。水と共に流れていく様子をじっと見つめながら、ぼんやりとした脳みそを動かす。考えないようにしていた、先程の千秋についてだ。
恐らく千秋は、薬に対してトラウマと言える何かを抱えている。あの時の表情は、そういうものを抱えていないとできない表情だったから。特に睡眠薬に対しては、他の薬とは一線を画す何かがあるのだろう。ガトーショコラに薬を盛られた時はその後もなんともなかったのに、睡眠薬を盛られたとなったら、3日経っているにも関わらず吐かせようとするくらいだ。相当深い心の傷を負っているのだろう。
体の泡が全て流れたのを確認してから、蛇口を捻りシャワーを止めて肩まで湯船に浸かる。湯気がたちのぼるのを見送ってから、瞳を閉じて息を吸い込む。じっくりと、足先から温まっていく体に力を抜きながら、深く息を吐いた。
「…あがろ」
暫く湯に浸かってリラックスした俺は、ぽつりと呟いてから立ち上がる。ザパ、とお湯が動く音を聞きながら、水滴の伝う体をタオルで満遍なく拭いていった。
千秋がお風呂に入っている間に髪を乾かし、自室のベッドメイキング終えた俺は今、クローゼットから出してきた予備の掛け布団とクッションでせっせと巣作り中。ここをキャンプ地とするのでね…
「…何やってンだ…?」
「あ、千秋おかえり!今ね〜、巣作り中!」
「はぁ…?」
いい感じにクッションを配置し終わった所で、お風呂から上がった千秋がやってきた。乱雑に髪を拭いている千秋のそばに寄って、持っているタオルを奪い取り水に濡れた髪を拭く。当たり前のように屈んでくれる千秋に笑みを溢しながら、言葉を紡いだ。
「千秋は俺のベッドで寝てね!俺はソファーに巣を作ったので、そこで寝ます」
「…あ゛?」
わしゃわしゃ髪の水気をとりながらそう言うと、ドスの効いた声と共にがっしり手首を掴まれる。
え?怒ってる?沸点どこ??
「…ンでだよ」
「ぇえ…?なんでって…千秋、俺がいたら寝れないでしょ?俺がリビングのソファーで寝ればオールオッケーじゃん?」
「……テメェが寝れねェだろうが」
「1、2時間なら寝れるし平気!俺ってば若いので!」
「はッ、すぐ体調崩す雑魚がナマ言ってンなよ」
「酷っ!!確かに体調はすぐ崩すけど、雑魚は酷くない!?というか、千秋はなんで怒ってんの…?」
「…………」
眉を下げながらの問いかけに、彼は視線を逸らすだけで口を噤む。困ったなぁ、なんて心の中で呟きながらも、千秋が言いたくないなら無理に言わせる必要はないし、とりあえず今はにっこり笑いかけておくことにした。
「髪乾かそ?ドライヤーかけてあげるから、クッション敷いてそこに座ってね」
俺の言葉に無言で従った千秋は、ソファーを背にして床に座る。ちゃんとクッションを敷いたようだ。よかったよかった。
先程まで使っていたドライヤーをコンセントに挿して、千秋の背後にあるソファーの上で膝立ちに。タオルで念入りに水気を吸ったからか、千秋の髪の毛は若干乾き始めていた。
俺が使っているヘアケア用のオイルを2滴ほど掌に垂らして、髪の毛先に塗り込んで、髪の根本から順番に乾かしていく。根本が乾いたら次に前髪を。温風が当たるのが嫌なのか、眉間に皺を寄せながら目を瞑った千秋がとっても子供っぽくて、くすくすと笑ってしまった。
「ふふ、千秋の髪、ふわふわになった」
ものの数分で乾いた髪の毛を指先で弄ぶ。元々痛みの少ない髪だったけど、俺のヘアケアのおかげでさらにしっとりふわふわだ。
さてさて、それじゃあさっきの続きといこうか!
「あんまり寝てないでしょ?目の下にちょっとクマが出来てるし、若干やつれてる」
「………」
「だからね、千秋は俺の部屋で、ちゃんと寝て欲しいの」
ソファーに座って、コームで長い襟足を梳かしながら囁くように言葉を紡ぐ。話題が戻った事に対して、彼は何も言わない。けど多分、ちょっとムッとしてる。前を向いている千秋の表情はわからないけれど、きっと不機嫌そうに眉を顰めている事だろう。
「千秋がしんどそうなの、見たくないんだ」
ダメ押し気味に宥めるように声をかけて、するりと手櫛で髪を梳く。そのまま彼の青い髪を数度撫でて、肩に軽く頭を乗せた。
「俺の我儘、叶えてくれる?」
小さく囁いてから、口を噤む。それ以上はもう何も言わずに千秋からの返答を待った。嫌だと言われても平気だ。ちょっと可哀想なやり方ではあるけれど、千秋を1人で寝させる策はある。
そんなことを考えていると、彼は大きく溜息をついて、肩に預けていた俺の頭を邪魔だと払った。頭を退ければ、舌打ちを溢してから立ち上がり俺の部屋へと足を進め、扉の奥へと消えていく。
うむうむ!ちゃんと寝てくれるっぽい!
一安心した所で、こっそり薬を飲んで寝ようと思います。ある程度は寝れるでしょう。
ソファーから降りてキッチンへ向かう。食器棚からマグカップをとって、お湯を半分くらい入れてから水で冷まして白湯の完成!
ポケットの中から睡眠薬を出して、プラスチックの包装シートから錠剤を取り出し掌へと転がした。
行儀悪いけどこのままキッチンで飲んじゃお〜
「おい」
「ゥワァッ!?」
さて飲もう!というタイミングで部屋から出てきた千秋に声をかけられ、俺は盛大に声を上げた。掌の上にあった錠剤を咄嗟にポケットに突っ込んで、なんともないように笑顔を作る。もしも千秋に睡眠薬の存在がバレてしまったら、きっとまた、さっきみたいな顔をさせてしまう。俺の行いによって嫌そうにする顔は好きだけど、あんなふうに辛そうな顔は別だ。2度とあんな顔させてたまるか。
マグカップに口をつけながら、こちらに近づいてくる彼の一挙手一投足を見守る。彼の表情からは、咄嗟にした俺の行動に気がついた様子はない。そのことに安心しつつ、問いかけを投げた。
「どしたの?千秋もなんか飲む?」
「……別に」
眉間に皺を寄せたまま、俺のそばまで寄ってきた千秋。何か飲むかという問いかけにも特に反応を示さず、こちらをじっと見つめてくる。
本当に突然だな…バレている感じはないし、とりあえず白湯をちびちび飲んで気を紛らわせるか…
「……飲み終わったか?」
「え?あ、うん…」
思考放棄をしながら白湯を飲んでいたら、無言を貫いていた千秋に問いかけられる。マグカップを見てみれば白湯はもうなくなっており、潔くシンクへとマグカップを置いた。軽く洗おうとスポンジを掴む為に手を伸ばしたところで、千秋が突然しゃがみ込み俺の足に腕を回す。
わ!?と声を出してしまったのも無理なくない?だってそのまま立ち上がって肩に担がれてんだよ?
「ちょちょっ、千秋さん!?」
「るせェ…喚くな。何時だと思ってンだ?」
「いやいやいやいや!?喚くでしょ!!」
何時とか関係ねぇわ!!!!突然担がれたらびっくりするって!!!!
「ちゃんと担いでもいいですかって了承をとってください!!!」
「………るせェよアホ」
ジタジタと暴れてみたもののびくともしない。なんなんだ?なんでこう…なんでこう、俺の周りにいる親しい同性は俺よりも力が強いんだ…?不公平だ…俺だってそこそこ力はあるのに…
「ぅわっ、」
なんて考えていると、俺が作った巣、基ソファーに寝かせられた。何がしたいのか本当にわからない。寝かしつけられてるのか…?
「えっ、えっ、えっ?」
仰向けに寝かせられた俺の上、胸の辺りに狼のぬいぐるみが置かれた。目を点にして、ぬいぐるみを置いた千秋を見つめていると、背に敷いている掛け布団で俺の体を包みはじめ、ささっと拘束される。
流れるようにパパッと簀巻きにされたんだが…?え…?な、なに……???ほんとに……
混乱している俺を無視して、千秋はいつも通りの顔で俺を担ぎ上げた。
「????????」
「るせェ」
「何も言ってないのに…!!」
ひ、酷くないですか!?いきなり担がれて、毛布で芋虫みたいにされたと思ったらまた担がれて!!なに!?もしかして俺、この状態で廊下に捨てられたりする!?!?
もぞもぞ動きながら抵抗してみるもののやっぱりダメージはなく…そのままずんずんと進んでいく千秋に思わず遠い目をしてしまった。
やば。この状況で悟りを得てしまったかもせん。
ヒュー!解脱解脱〜!!
「、ッ!!??!!?」
とか考えていたら今度は体が宙に浮く。サッと血の気が引いたのは一瞬で、背中にモロにくるだろう鈍い痛みはこなかった。体は軽くバウンドし、それが一層混乱に拍車をかける。
とっ散らかった頭はそれでも思考することをやめず、勝手に状況を整理し始め出す。むしろとっ散らかっているからこそ、なのかもしれない。
俺の背にあるのはふかふかのベッドだ。ご丁寧に布団の類は捲られており、すぐに体を滑り込ませることができるだろう。俺がベッドメイキングをした時はこんな状態ではなかったので、千秋が捲ったのだと察する。
いや、いや、違う違う。
周辺の状況なんて見りゃわかる。そうじゃなくって…俺、なんで部屋に…しかもベッドに連れてこられてんだ…?そこを考えないとなのに、
「っわわ…」
思考をしようとするタイミングで丁度よく千秋が行動に移すから、一向に思考できない。俺の体を包んでいた掛け布団を取った千秋は、毛布をその辺に放り投げてから俺の隣に体を滑り込ませた。そのまま捲られていた毛布を片手で掴み、自分の体と俺の体にかけて横になる。もう片方の腕はどこにあるかって?俺の腰に回してガッツリ掴んでますけど(笑)ウケる(笑)
いや(笑)じゃないんだワ
「あの…千秋?なんで俺、ここに連れてこられたの…?えっと…先程のやり取りを覚えていますか…?」
「…馬鹿にしてンのか?」
「いや全然してませんケド………」
お互い向き合いながら言葉を交わす。肘をつきこっちを見下ろして言葉を紡ぐ千秋に、思わず眉が下がってしまう。
あれれれれ…?なんで俺怒られてんのぉ…?聞いただけじゃないですかぁ…!
というか、あの時無言で部屋に行ったよね…?舌打ちして渋々部屋に行ったよね…??
「…なンでテメェの願い事を叶えてやんなきゃいけねンだよ」
千秋の呟きに思わず目を丸くする。
俺の表情から言いたいことを汲み取ったのだろう。それはいいとして、だ。
俺の我儘を何が何でも叶えたくなかったから実力行使した結果が今の状況だ、という説明か?今の呟きは。
…千秋はそれで良いのだろうか。あんなに1人がいいと嫌がっていたのに?
そんな困惑の感情を、またも表情で読み取ったのか、千秋は一層眉間に皺を寄せてからすぐさま口角を軽く上げる。イタズラが成功した子供みたいな顔で、口を開いた。
「抱き枕なんだろ?依夜クンは」
心底楽しそうに呟いた千秋は、キュゥッと瞳を細めて俺を見つめた。今まで見た事がない彼の表情に、俺はただただ惚ける事しかできない。
底の見えない深海に、溺れてしまいそうだ。
「…………ぅん」
自然と上がった口元をそのままに、思わず千秋の胸元に擦り寄る。緩む口元は暫く治りそうになくてほんのちょっぴり恥ずかしいかも。
「、おい、おい…」
グリグリと額を押し付けていれば、困惑したような声が頭上から聞こえてくる。俺は構わず千秋の背中に腕を回して一層額を押し付けた。
貸している服だから千秋の匂いはしない。それにほんの少しだけ残念に思ったけれど、やはり口角が下がることはない。
「……おい」
俺が面白がっていることに気が付いたのか、千秋は不機嫌そうな声を出して俺の頭を片手で掴む。
それすら面白くって、くすくすと笑ってしまった。
「…何がしてェんだよ…」
「んふふ、特にはなにも?ふふっ」
「………ニヤニヤしてンなよ」
「え〜…んへへ、むり!」
呆れた声への問いかけにも、ゆるんだ声で答えてしまう。なんでだろうね?いつも通りでいようと思うのに、勝手に頬がゆるゆるになるんだよなぁ〜
潔く無理だと告げれば、掴んでいる手に力が籠る。ちょ、痛い痛い痛い痛い!!!!
痛くて思わず胸元から離れる。掴まれたところを片手でさすった。力強すぎなのだ…
逃げちゃったものの、それでもやっぱり口元が緩むのは止まらない。頬の筋肉が勝手に口角を持ち上げてしまうのだ。なんだか胸のあたりもふわふわしてる。わたあめでも詰まってるみたいだ。
「だって、名前、呼んでくれたでしょ?」
甘ったるい声がでた。
仕方がないよね?だって俺は、俺の名前を呼ばれるのがとっても好きなんだ。
依夜という、俺だけの名前を呼ばれるのが好き。
個を表す特別なモノ。名は体を表すという諺があるように、意味や願いが込められたモノであり、存在の証明でもある。
人に希望を抱かせるのが光ならば、傷ついた心を癒すのはいつだって闇だ。身を焦がすような光だけが救いではなく、希望を抱くことすらできなくなった心を包み込む闇も必要なのだ。
眠りという安息を齎すのはいつだって夜なのだから。古くから寄り添ってよりかかってきたのは、いつだって闇なのだから。
依夜。
そんな夜のように、誰かの拠り所となりえる安息のように
俺の名前には、そんな意味が詰まっているのだ。
「もっと呼んで?千秋。依夜って、呼んで」
彼の青色の瞳を見つめながら、緩んだ声で語りかける。ほんの少しだけ上体をあげて、彼の端正な顔に自身の顔を近づけた。
深海のような瞳を覗き込めば、千秋は細めていた瞳を見開いて、俺の紫を食い入るように見つめる。深い深い青の奥に見えた俺の姿は、まるで水槽で飼われている魚のようだ。白痴でいられるなんて、瞳に住んでいる俺は羨ましいな、なんて。
「…るせェ。抱き枕なら大人しく寝てろ、アホ」
小さく呟いた千秋は、そう言うなり俺の瞳を掌で覆い隠す。深い青はもう見えなくなってしまったけれど、掌のぬくもりが心地よくて、またも擦り寄ってしまう。はぁい、と気の抜けた返事をしつつ起こしていた上体を倒して、手の甲に自分の手を添えながら千秋の掌を俺の頬へと誘う。
甘えるように擦り寄れば、浅黒い肌の大きな掌は、ほんの少しだけ目元をするりと撫でていった。
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余談(というか蛇足かも?)ですが
おねだりされた千秋氏、舌打ちしながらも大人しくイヨの部屋に向かったものの、綺麗になおされているベッドを見て無性に腹が立ち「(ンで俺が従わなきゃいけねンだよ…)」となり意趣返し&反抗の意味を込めてイヨをベッドへ連行しました。なおその後の依夜クン呼びも意趣返しのつもりで、イヨはうにゃうにゃと喚くんだろうと思っていたので、スゲェふにゃふにゃ顔で嬉しそうにされてびっくりしていたりなどします。びっくり半分困惑半分。胸にひっついてくる依夜を引き剥がそうと思いつつも、なんとなく惜しいなと心のどっかで思ってしまい、結局引き剥がすことはせずとりあえず頭を鷲掴みにした。
いやそっちのが酷いのでは?
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