9月 コルチカム

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7/19 後半部分少し修正しました。 ────────────── 「依夜〜〜〜ッ!怪我は!?ない!?痔とかなってない!?!?」 「わぁ、翔が想像以上に元気」 ドタドタと忙しなく足音を立てながらやってきた彼は、茶色の瞳に安堵と心配、そして後悔を織り交ぜて俺をまっすぐに見つめた。俺はそれを見つめ返しながら、いつものように瞳を細めて笑みを浮かべる。 「よかった、よかったぁ…」 翔は俺の肩をグッと掴んで、瞳に涙をたっぷりと溜めている。今にもこぼれ落ちそうな瞳にそっと指を伸ばして、親指で軽く目尻を撫でた 「心配してくれてありがとう。翔は優しいね」 ぐずぐずに泣きだしてしまいそうな子犬ちゃんを、甘やかすように微笑みを浮かべる。 するとたちまち目を見開いて、彼は俺の手から逃げてしまった。撫で方が気に入らなかったのだろうか?と首を傾げながら翔を見れば、先程まで溢れそうだった涙を引っ込めて、口元に手を当てていた 「ま、魔性だ…魔性の片鱗を味わった…こ、こわ、こわわぁ…」 ぶつくさとつぶやいているのはわかるが、生憎と内容までは聞こえない。俺に対する不満だろうか?目の前にいるのだからぶちまけてくれればなおすのに… 「あー、あー、依夜に名和。とりあえずほら、座れ座れ。ちゃっちゃと話し合おうぜ?」 ふと諒先輩が俺たちの肩を軽く叩いて声をかけた。そのまま背中を押して、皆が集っているテーブルの前に俺たちも腰を下ろした。 「それで〜?イヨくんは、誰がバックにいるかわかったノォ?」 「モチモチのロン!イヨくんにかかればこの程度、造作もないのだよ!知りたい?ねぇねぇ知りたい??」 「とっとと言え、アホ」 ふふん、と鼻を鳴らしながら胸を張って肯定し、ついでにちょっと調子に乗っておく。するとたちまち呆れた声が飛んでくるから面白い。 「諒先輩と千秋は知ってる人だよ〜♡」 「俺らが?」 「………」 俺は懲りずにもうちょっとだけ調子に乗ったフリをする。正直情報が少なすぎて、誰が糸を引いているかなんて絶対わからないと思うし、少なすぎる情報には確固たる証拠がないの、だから殊更無理難題だ。噂一つ出てこないんだぜ?凄いよね、ここまで徹底的だとちょっと引くよね! 「てか俺も意外だったんだよねぇ…えー!この人か〜!ってなったもん」 俺の言葉に尚更皆は首を傾げる。証拠云々関係なくこの人が出てきたから、正直まじ!?とはなった。ので、俺と同じ気持ちを味わってもらおうと思います!ドン!! 「3年Aクラス、新塚俊輔」 俺の発言を皮切りに、部屋中が静寂に包まれた。みんなして眉間に皺を寄せたり首を傾げたりしていて、なんかウケる! 「………え〜??誰ェ?」 「あははっ、まぁそうだよね」 「…あの、胡散臭いのか」 どうやら千秋は覚えているようだ。あの時は相当周りを警戒していたから、当然と言えば当然かもしれない。とはいえ、胡散臭いときたか。穏やか〜な人だったけどなぁ 「新塚先輩って言うと…確かに接点はあるが…そもそも依夜に手を出すメリットがねぇだろ?親衛隊にも所属してなかったはずだし…」 「新塚先輩は同じグループで、俺と諒先輩のやり取りも見てる。細かい所に目が行く人だし勘も良さそうだったから、ほんのちょっとでも匂わせればすぐバレちゃいそうだし?だとしたら、ね?」 そこまで言うと、諒先輩はグッと眉間に皺を寄せた。思い当たる節はあるだろう。 あの匂わせは目玉焼きはソース派事件と命名しようかな… 「俺を攫った人は学園の食堂でウェイトレスをやってた伊藤さん。彼のスマホの履歴を調べたら、数日前に怪しい非通知の着信が入ってた」 「……」 「その非通知番号を調べた所、新塚先輩が契約しているスマホの番号だと分かったんだ〜」 詳しい方法は端折るよ!企業秘密じゃケェ!! 各々それを理解しているのか、なんとなく察したような表情をしていても、方法については問うことは無い。正解正解!触らぬ神に祟りなしだ。 「で、さらにそこから新塚先輩のスマホにある履歴を調べたら…なんと出ました!須藤先輩の番号が〜!!」 「そうくるよなぁ〜〜〜………!!」 諒先輩が死んだ!この人でなし! 頭を抱えながら項垂れた諒先輩。ソファーから立ち上がって彼の肩にそっと手を置き、サムズアップしておこうと思います! 「てことはやっぱ、ふくい〜んちょ〜には親衛隊がいて、その新塚ってヤツは親衛対象と連絡が取れるくらい重要なポストにいる、ってコトダヨねぇ?」 「…だろうな。あいつは、余程親しく無い限りは連絡先なんざ交換しねぇ。私用のスマホを使ってるとこも見たことねぇな。風紀の奴らとは支給されてるスマホで連絡取ってるし…俺の目が無いとこでは、どうだかわかんねーけどな」 ぐしゃぐしゃと自身の髪の毛を乱雑にかき混ぜた諒先輩は、隣でサムズアップしていた俺の腰を掴み、そのまま流れるように膝に乗せた。すげぇ流れ作業でウケる 「ア゜ッ!やんちゃ系風紀委員長×優等生平凡CP…!!」 約1名閃いてる人間おるな? 「この後はどうするんですか?大本を絶たなければ、これからも続くかと。風紀委員長としてのご意見をお聞かせください」 「風紀としては今すぐにでも副委員長の座から退いてもらいたい所だが…これらは証拠には使えないし、親衛隊を所持していたってだけじゃ処罰するのは無理だな」 アルは整った眉をほんの少しだけ寄せて睨むようにそう問いかけた。とんでも美形の威嚇顔は迫力があるからビビっていないかと心配になりながら諒先輩を伺えば、ふっと口の端を上げニヒルに笑ってから、真剣な表情でアルの問いかけに答え始める。そうだそうだ。諒先輩もとんでも美形だった。そりゃものともしねぇわ! 「つまりは、親衛隊に加担し生徒に危害を加えた、加えようとしたという動かぬ証拠が必要だと?」 「あぁ。それがあれば、な」 ふぅ、と小さなため息をついてから、諒先輩は再び口を開いた。その声音はいつになく真剣だ。 「別に処罰なんていくらでも下せんだよ。ただ、正当な理由をつけないと外野が喧しくてな。生徒会の威信が揺らいでる今、風紀まで揺らいだらこの学園は終わりだ。一気に暴走して、今までのクソみてぇな行いが露呈するだろうな」 権力で何もかもを握り潰せたのはほんの少し前までだ。インターネットが普及して、誰でも気軽に発信できるようになった今、この学園の昔からある悪習が露呈してしまう可能性が高い。いじめによって自殺者なんかが出たら、もう一貫の終わりだ。ゴシップ雑誌の一面を飾るだろうね 「それは絶対に避ける。つかそんなん割にあわねぇ。 たかだか人間1人を潰すために、んなリスク背負いたくねぇし」 「本音出たなぁ」 諒先輩ってこう言うとこある。他人との距離感を掴むのが上手いし、交友関係を広げるのも上手いけれど、かなり淡白だ。須藤先輩とは同じ委員会で、それなりに会話も重ねているのだろう。けれど、それ以上でも以下でもない。仕事仲間にしたって情は湧くだろうに、彼は何とも思わないみたい。 あ!それに、諒先輩ってかなり俺様。正直晃先輩が風紀委員長で、諒先輩が生徒会長やってた方がなんとなくしっくりくるレベルで、俺様。 「なんで、対応としてはいつも通り出たとこ勝負だな」 諒先輩の言葉に、問いかけたアルはほんの少し不満げだ。ほんの少しだけ、ね。 「ねぇ先輩。いつまでも待ちの姿勢はやめよーぜ?そろそろさぁ、こっちからもしかけちゃお!」 「は?」 俺の発言に、ここにいるほとんど全員が声を揃えた。込められている感情はそれぞれ違うけど、皆一様に何言ってんだこいつ感は入ってるな! 「筋書きは僕が書いても?」 「もっちろん!アルに任せた!」 順応できたのはアルだけだ。そりゃそうじゃ! 昔っから、アルとはよくイタズラしてたも〜ん!俺のノリに付き合ってくれていたし、計画を練るのはアルの担当なのだ! 「よし、じゃあ今日はここまでにしよっか!計画立てるの、時間かかるでしょ?」 「流石に情報が少なすぎるからね…その辺はミョウワくんに手伝ってもらいたいんだけど…良いかな?」 「ぇあ!?えっ、えっと〜…」 「イヨの身の安全を守るためなんだ。協力してくれるかな?」 「うわぁ!!顔が良いッ…!!!」 「OKだってよ〜」 アルのキラキラフェイスを間近で食らった翔は顔を手で覆いながら崩れ落ちてしまった。ダメージ与えてるから、アルの顔面は凶器なのかもせん! 代わりに俺が返事をすればアルはくすくすと笑って俺を見つめる。 「そろそろ、キサラギ先輩の足が痛くなってしまうかもしれないよ?今度は僕の所においで?イヨ」 「はぁい」 手招くアルに肯定の返事をして諒先輩の懐から抜け出し、諒先輩の腕もするりと躱して、アルの隣に腰掛ける。唖然とした表情で「猫かよ…」って呟いてる諒先輩を横目で見ながら、机に置いてある菓子をつまんだ。 青白く光る画面に映るキーパッド。目的の番号を軽快に押して耳に当てた。電子音が数度響いた後に聞こえてきた、男にしては高い声にほくそ笑みながら言葉を紡いだ。 「もしもし、今大丈夫?」 わざと明るい声でそういえば、スマホの向こう側からヒュッと息を呑む声が聞こえた。俺の嗜虐心をビシビシ刺激してくるこの相手は、6月頃に制裁のお誘いをしてくれた元千秋の親衛隊の生徒。あれ以来ちょくちょく連絡していた。ちょっとした刷り込みの為にね。 「あのね、ちょっとお願いがあってさ?」 「お、ねがい…?」 「椎名蓮先輩って知ってる?知らないなら後でプロフィールを送るね〜。で、その椎名先輩を上手いこと呼び出して、制裁一歩手前みたいな状況を作ってもらいたくってさ!」 怯えている彼に、なるべく穏やかな声を作って語りかける。安心させるように、宥めるように。 「大丈夫。なんにも怖いことなんてないよ?これは悪い事じゃない、仕方ない事なんだ。ね?わかるでしょう?」 「で、も…」 「ふふ、大丈夫、大丈夫。俺を信じて?」 勤めて明るく、声を荒げないように。そう意識しながらも、スマホの向こうで渋っている相手にほんの少しだけ苛立ちを覚えてしまう。 「ぁ、あの、もう…もうこう言うの、やめた」 「はぁ?」 あろう事か反発してきた為、思わず低い声が出てしまった。スマホの向こう側から聞こえてきた小さな悲鳴にハッとして、また意図的に明るく優しく声を発する。子供に言い聞かせるような声音と言葉で、ゆっくりと口を開いた。 「あのね、よく聞いて。 わかっていないみたいだから教えてあげるね、“お願い”の意味。君には、最初から拒否権なんてないの。はい、しかないんだよ?だって君は何度も何度も、罪を犯しているでしょう?」 「何、言って、」 「君の犯した事は立派な犯罪なんだ。許さらざる行為だよ?他人の尊厳を踏み躙る最低な行為。それを主導した君は、最低最悪な極悪人だ」 こういうのは、緩急が大事なんだ。穏やかさを演出した後に、崖から突き落とすように声のトーンを下げる。冷たさを声に乗せながら、責め立てるように言葉を紡ぐのだ。 「ねぇ、君も身をもって味わったでしょう?体を弄られて、どう思った?辱められ続ける恐怖を、俺にも教えてほしいな」 返答はない。 けれど僅かに聞こえる呼吸音が、ほんの少しだけ荒くなった 「通話を切ってはいけないよ。そうやって、自分のした事から逃げれば、楽になれると思ってるの? ねぇ、君は覚えているかわからないけど、君が中等部の頃辱めた男の子がいるでしょう?黒髪のクリクリした目の男の子。名前はなんだったかな…あぁそうだ!遠藤ハルカくん!覚えてる?」 「、な、んで」 うんともすんとも言わないので、カードを一枚切る。シグマに事前にお願いして集めておいた、過去の制裁に関する情報だ。彼の使っていた携帯から動画や写真を吸い上げて被害者を特定し、調査してもらっていたのだ。 「覚えてるみたい。よかった!その子が今どうなってるか、教えてあげるね。遠藤くんは君に辱められて精神を壊し、この学園から去った。この事を世に公表しようとしたものの、君の家が手を回して彼の父親の企業は潰され、そのせいで病気の母親の治療費が払えなくなって病死。父親もどんどん落ちぶれていって、日に日に遠藤くんに暴力を振るうようになったんだ。耐えられなくなった遠藤くんは、父親を刺し殺して自分自身も死んじゃった」 「ぇ…?」 淡々と調査結果を告げれば、彼は蚊の鳴くような声を上げた。 「遠藤くんはどんな気持ちだったんだろうね。君は丁寧に犯されたけれど、彼はきっと、殴られて蹴られて、青あざを作りながら体を暴かれたんだ。痛かっただろうなぁ、苦しかっただろうなぁ…」 「っ、」 「君のお父さんとお母さんはとっても優しいんだろうね。君の願いをなんでも叶えてくれる。君のことを愛してるから。でも、君は罪を背負ってる。本当に、愛される資格なんてあるのかな?」 「ゃ、めて…」 「君の幸せのために犠牲になった人は何人もいるよ?君は、沢山の屍の上に立っているんだ。ねぇ、人殺しさん」 「っ、ひ…ッ」 なんの感情もなく言葉を紡ぐ。わざとらしいくらいに平坦に。そうして責め立てていけば、荒かった呼吸がさらに荒くなって、嫌だ嫌だと駄々をこねるように声を上げ始めた。 「君のせいだね」 癇癪を起こす子供を、柔らかな声で咎める。一瞬の静寂を置いてから、変わらずに囁いた。 「君が、彼を虐めなければ、辱めなければ、彼は今もこの学園で悠々と勉学に励んで、人生を謳歌していただろうね。でも、無いんだよ。そんな未来は。君が全部、潰したから」 「これだけじゃ無いんだよ。君がしてきた事は、これだけじゃ無い」 「ねぇ、君はきっと、死んだら地獄に堕ちるだろうね」 「でもね、人間は何回だって間違うんだよ。間違って、失敗して、学んでいくんだ。だからね、君も許されるべきだと思う。今までの罪と向き合って、心の底から反省すれば、許されるよ」 「大丈夫、俺が全部許してあげるよ。これは君に与えられた、唯一の贖罪の機会だ」 「君の背負っている罪はあまりにも多く、そして重い。けれどそれらとしっかりと向き合い、贖えば、君は絶対に許される。君だって、許されるべき存在だ」 「さぁ、君の答えを聞かせて」 矢継ぎ早に責め立てて、彼の罪悪感を煽っていく。見ないようにしていた己の罪を自覚させて、絶望のどん底に落としたら、綺麗な糸を一本、垂らしてやればおしまいだ。大丈夫、この糸は切れたりなんかしない。 「は、ぃ…っやり、やります…贖い、ます…」 多分ね! 赤いプッシュボタンをタップして通話を切り、そのままスマホのスクリーンを落とす。ぐーっと伸びをしながら、自室からリビングへと向かった。 「イヨ、そろそろお風呂に入ろうか」 「ん!丁度電話も終わったし、入る!アルは皿洗いしてくれてありがとうね」 キッチンに立っていたアルは、代わりにやってくれた皿洗いが丁度終わったところらしい。濡れた手をタオルで拭ってから、お風呂へと誘われた。 今日はアルがお泊まりだ。結局、夏休み中に約束したご褒美の内容が決まらず、アルに何がいいか聞いてみたところ、俺の部屋にお泊まりしたいと返ってきた。あまりにも無欲!その程度でいいのか聞いたら、それだけで嬉しいと笑顔で答えられてしまったから、なんだか申し訳ない気持ちの方が勝ってしまう。後で樹先生に部屋の合鍵を作れないか相談してみる事にしよう。 さてさて、今はまずお風呂だ! ─────────── お久しぶりの更新です……! 脳みそが鶏以下なので書いてて訳わかんなくなってくるんですよね〜 久々のマインドコントロール回でした。
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