プレゼント

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 花屋に戻ると、妻は店の隅でしょんぼりとたたずんでいた。  僕は彼女の元に駆け寄ると、とっておきの笑顔で握り締めた一万円札を差し出した。沈んでいた彼女の表情がパッと弾ける。 「どこにあったの!?」  飛びあがらんばかりによろこんでいる妻に話しかけようとしたそのとき――。 「おーい、あったぞぉ」  遠くで声が聞こえた。 「光り物のところの店員さんが拾ってくれてた――ん?」  義父が不思議そうな顔で僕の持っている一万円に目を止める。  三人のあいだに流れた一瞬の沈黙がひどく長く感じた。  そして次の瞬間、僕の良かれと思ってついたウソは滑稽なほど簡単にばれてしまった。ウソは真実の前ではまるで無力だ。恥ずかしさが耳たぶを赤く染めていく。  僕は正直に自分の一万円を出したことを白状した。しかし、そのことによって妻や義父たちの僕に対する見方は変わらなかった。それどころか家族思いのいい旦那だ、ということで、それまで以上に信頼してもらえるようになったのだった。災い転じて福となすとはこういうことをいうのだろう。  翌日、プレゼントを前にした義母はまるで子供のように喜んでくれた。そして昨日ついた僕の小さなウソが披露され、家族のなかで温かい笑いが広がった。  それからしばらくたって、ふと僕の頭の片隅をよぎった考えがある。  あのとき、義父の持ってきた一万円は本当に落ちていたものなのだろうか?  ウソがばれたことで全然考えるどころではなかったが、冷静になって考えてみれば店員さんが拾ってくれていた、という話もウソっぽい。義父も自分の一万円を出したのだ。娘が折るように三つ折にして、さも落した一万円を見つけてきたような顔をして。  そして……妻も、もしかすると気がついていたのかもしれない。そして僕たちの気持ちを汲んで、父から一万円を受け取ったのかもしれない。  もちろんこれは僕の思い込みで、義父の一万円は本当に落ちていたのかもしれないし、妻は落した一万円が戻ってきたと素直に喜んでいただけなのかもしれない。  でも、僕はこんな家族が大好きだ。  今年も母の日が近づいてきた。  僕たちは今年も母の日のプレゼントを買いにやってきた。ただ、あのときとちがうことがひとつある。  今年は妻にもプレゼントをあげなければならない。  そう、母の日のプレゼントを。  ー了ー
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