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母の日前日の土曜日、僕たちは義父の運転する車でショッピングセンターに向かっていた。
義父はこの道一筋三十年という瓦職人である。職人気質というのだろうか、口数は少ない。ずいぶんと怖い印象を受けていたのだけど、妻が言うには
「あれはただ恥ずかしがってるだけなの」
だそうだ。
先頭に立って売場を眺めてまわる妻のあとを、僕と浅黒い顔の義父がついていく。
義母へのプレゼントなので、当然、女性物の売場にいる時間が多くなる。妻がいるとはいえ、歩いてまわるのはちょっと恥ずかしい。義父も同じことを思っているのだろう。所在なげにあたりを見まわしている。
小物を何点か買って、花屋の前に来たときだ。
「あっ!」
立ち止まった妻が小さな悲鳴を上げた。
「どうした?」
驚いてのぞきこんだ妻はいまにも泣き出しそうな表情をしている。その目はバックから取り出した財布に注がれているようだった。やがて消え入りそうな声で妻は言った。
「……お金、落しちゃったみたい」
「いくら?」
「……一万円」
若くして家庭を持った僕らにとって一万円という金額は結構な金額である。妻はバックのなかをのぞき込んで探しているようだが、どうも見つからないらしい。沈み込む彼女に
「ちょっと探してくる。ここにいるんだぞ」
と言い残し、僕と義父はいままで見て歩いてきた売場のほうへと駆け出した。
「僕、婦人服のほう行ってみます。お義父さんはアクセサリーのほうお願いします」
義父はわかった、と頷くと小走りに階段を降りていった。
婦人服売場についた僕は一縷の望みを込めて、さっき三人で歩いたところを見てまわった。しかし、妻の落としたという一万円は見つからない。
「そりゃそうだよなあ……」
ため息とともにそんな言葉が漏れる。
仮に、もし目の前に一万円が落ちていたらどうするだろう。ラッキーだ、とばかりに拾ってポケットのなかにしまい込むにちがいない。名前が書いているわけでもなし、届けようにも誰が落したかがわからないのだ。妻はお札を三つに折っておく癖があるので、見ればおそらく彼女の落としたものだろうとはわかるが、それにしたって誰かに拾われてしまっては元も子もない。
ぼんやりと売場を歩いていた僕は意を決したようにポケットから財布を取り出した。所持金は一万四千円。僕はそのなかから一万円札を抜き取ると、それを丁寧に三つに折った。給料日はまだずいぶん先だったけれど、彼女のあんな顔を見ているよりはずっとマシだ。
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