生まれてこなくちゃいけなかったんですか?

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 教誨師はその死刑囚の監房に入る前に、大きく息を吸いこみ、胸に手を当てながら静かに瞳を閉じた。  この監房の中にひとり震えている哀れな死刑囚に、言葉も尽くせぬ深い情を、彼は傾けた。  誰にも知られぬ深い祈祷の後、……彼は監房へと足を踏み入れた。 「はじめまして」  干からびた鼠色のコンクリートに囲まれて、その女性は大人しくベッドの端に腰かけていた。背筋を伸ばし、教誨師へと視線を投げかける。 「ワガママを聞いてくださってありがとうございます」  女性の声はとても細く、そして震えていた。  黒髪の隙間から覗くおでこは可愛らしい曲線を描いており、目の形や表情の浮かべ方には、どことなく幼さを感じた。  彼女は先月成人したばかりだったのだ。  女子というには大人びており、女というには成熟していない。……その年頃でしか醸し出せない特殊な雰囲気だった。 「囚人番号1427、島崎(しまざき)やよいです」  彼女は……「死刑囚」だった。  たしかによく見れば、その顔の中には深い影が浮かんでいた。目の下にはくっきりとクマが浮かび上がり、少し話す度に唇の端がひくつく。体が全体的にげっそりして見えるのも、この環境に対するストレスからかもしれなかった。  そして何より……その焦げ茶色の瞳が全てを物語っている。 「ワガママだなんて思っていませんよ」  教誨師は、穏やかな声で、彼女……島崎に話しかけた。中途半端な猫なで声とも違う、静かで深いポツポツとした話し方だ。 「私の仕事は、この世にひとりしかいないあなたへ……少しでも慰めを与えることです」  教誨師は、部屋の隅に転がっていた椅子に手をかけ、島崎の前に持っていった。そして、ゆっくりと腰をおろす。  ふ、と小さく息が擦れる音がした。  島崎が悲しそうに息を吐き、顔を覆ったのだ。  教誨師は急かすでもなく、ただ瞬きをする。  しばらくの沈黙が流れ、……ようやく、監房の中にくぐもった声が響いた。 「わたしは、常識のある女だったんです。だから分かります、わたしがやってしまったことが……どれだけのことなのか」  その声音は、すっかり打ちひしがれていた。 「それでも言わせてください。……常識なんてものを、超えて、わたしは……。わたしは、こうしないと……さもないと」  彼女の名前は、島崎やよい。囚人番号1427。 「その時を生きていけなかったのです」  ――明日、刑が執行される。
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