Prologue

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「ご職業については私からはなんとも……。ただ、今まで普通に覚えられていた事が、例えば断片的になったり、ある一連の事がすっぽり抜け落ちるようにして、忘れてしまう場合があるでしょう」  体からゆっくりと血の気が引いていく。 「治るんでしょう?リハビリとか、ちゃんやれば、治るんですよね?」  僕はすがるように言った。 「もちろん、改善が見られる場合はあります。……ただ、脅かすわけじゃないですが、脳の病気ですので今後の経過は未知数な部分も多いです。皐月さんの場合は一時的なものではないので、逆行性健忘を併発する可能性もあります」  さらに、聞いたことのない病名が告げられる。 「逆行性って……昔の事も忘れるって事ですか」 「今のところその症状は無いようですが、今後発症するかもしれません。仰られていたように、それこそリハビリなども気休めとまでは言いませんが、大きな効果を期待されない方がいいでしょう」眺めていたカルテをデスクに置いて、主治医がこちらに目をやる。「でもどうか、気を落とさないでください。特効薬が無い、という意味であって、決して治らないというわけではありません。何かのきっかけで、症状がほとんどなくなるという前例もあります。根気よく、治療を続けていかれるのがいいでしょう……」  追いかけ続けた役者の夢。まだまだ食べていけるほどではなかったが、経験も積み、演技力も少しずつ評価され、満を持してようやく掴んだ主演舞台。それを降板するという事は、実質的な引退を意味していた。決断に時間がかかってしまったのは、何かしらの形で舞台に関わる方法が無いかと模索していたからだ。しかし、もっと時間をかけて考えたとしても、役者として舞台に上がれないのであれば、それに代わる自分の価値を見出す事はできないと思った。
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