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Fifth feel—マサト
開演を待つ寒空の下。僕はライブハウスの外に設置された灰皿の前で、ナルに二度目の電話をかけていた。
「……やっぱり、出ないな」
急用でもできたのだろうか?ここのところしょっちゅう駆り出させてしまっていたから、こういう事があっても仕方ないかと、諦めて電話を切る。
「皐月さん、お久しぶりです!」
スマホをポケットに滑らせメビウスに火をつけようとしたら、突然声をかけられた。
「伺いましたよ。役者をお辞めになったとか。すごくいい演技されてたから、残念に思いましたけど……。他になさりたい事が新しくできた、とか、そういうご事情なんですか?」
白のベレー坊に白のショートコートの女性が、やけに流暢に言葉を続ける。まったく初めて見る顔だった。
「えっと……すいません、どこかでお会いしましたか?」
勢いに押されながらも、ついつい本音が出てしまう。
「えー!やだなぁ、竜崎さんのイベントでご一緒したじゃないですか」
竜崎さんとは、例のアーティストチームのリーダーのことで、今日のライブイベントの主催者だ。イベントへの参加は去年に一度しかしてないので、僕が共演者を忘れるはずがなかった。
「あ、ああ!大変失礼しました、ちょっと考え事してまして、つい」
僕は、慌てて頭を下げて謝罪した。
「私ってそんなに印象薄いですかぁ?あの時は私のライブペイント、すっごい褒めてくれたのに」
「ま、まさか。もちろん覚えてますよ。……あの、そろそろ本番始まりますよ」
あまりの失態に焦って、僕はわかりやすく話を変えた。
「……あ、ほんとだ。中、入りましょうか」
「え、ええ」
ペインターの女性に促されるまま、僕は吸いかけていたタバコの箱をポケットにやり、ライブハウスの中へと入っていった。
「やっぱ、すげぇ……」
ゴリゴリとヘビーロックバンドのサウンドビームが会場に飛び交う中、大トリの竜崎さんのライブペイントが始まった。
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