Fifth feel—マサト

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 その場から逃げ出したくなるほどの興奮を覚えて呼吸すらしづらくなった頃、ヘビーロックバンドの演奏が終わり、ヒカリさんも舞台中央でピタリと静止した。キャンバスには、禍々しさと尊大さが同居した躍動感あふれる巨大な龍の姿が完成していた。  拍手喝采の嵐を背に受けながら、竜崎さんがキャンバスを掴んでグルリと半回転させ、絵を天地逆にする。不思議に思って目を凝らすと、そこには恐ろしい表情の巨大な鬼の顔が現れた。 「嘘だろ、こんな仕掛けまで……」  信じられないほどの速さで龍を描きながら、絵を反対にすると違う絵が出現するという離れ業、いや、神業を見せつけた竜崎さん。ライブハウス全体が、驚きと感嘆の声に包まれる。  それは、アートライブイベントというプログラムのフィニッシュアクトを飾るにふさわしい、まさしく稀有な芸術体験だった。 「……凄かったです。とにかく、感動しました。……すいません、語彙力がなくて」  ライブ後、大柄な体に仙人のように蓄えられた立派な髭、肩よりも長い髪を頭に巻かれた白いタオルで束ねた竜崎さんに対峙し、わずかな緊張を覚えながら僕は声をかけた。 「言葉で説明できるようなものやってないからな、俺達は」描き疲れた様子も見せず、自信に満ちた表情で竜崎さんはそう答えてから、さらに続けた。「で、どうなんだ。病気の具合は」  僕は、こんなに力のあるアーティストに病状を気にかけてもらえていることに、何だか誇らしさすら感じてしまった。 「今のところは、ちょっと物覚えが悪くなったと感じるくらいで、問題なく生活できてます」  そう言いながら、以前イベントで共演したはずの、さっき声をかけてきたペインターの女性を忘れてしまっていた事実が、ふと頭をよぎった。発病前の記憶を失ってしまうという、逆行性健忘。もしかすると、その発症の予兆かもしれない、と、内心で僕は動揺していた。
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