13人が本棚に入れています
本棚に追加
Six feel—マサト
「コウヘイ!久しぶりだな!」
僕は電話に出るなり、意気揚々とそう言った。
「ああ、悪いな連絡遅くなって。ツアーでバタバタしててさ。やっと落ち着いたんだ」
元気そうなコウヘイの声色に、どこかホッとする。まともに声を聞くのも数年ぶりだ。
「そうだったのか。お前がイギリスで音楽やってるって聞いた時は、驚いたよ。さすがだな」
僕は、地下鉄への入り口を目前に捉えながら言った。
「ははは。そんな大したことじゃねぇよ。流れに身を任せてたら、いつの間にかこうなってただけさ」
「……流れに身を任せてたら、か。羨ましいよ。俺も、そうありたいもんだ」
地下鉄の階段を降りながら、僕は素直に本音を言う。
「お前も役者続けてるんだろ?立派なことじゃないか。やりたいことやるのは、しんどいけどいいもんだろう」
「確かに、な。金にはならないけど、いいもんだった」
僕は、東京で役者を目指して必死に駆け抜けた8年間について、遠い昔を懐かしむように答えた。
「俺とマサトは似てるんだよ。自由に、人生を泳いでる。……金にならなくたっていいじゃないか。金の海を泳いで生きるぐらいなら、愛の海で溺れて死んだ方がマシさ」
コウヘイは、今も僕が役者を続けていると思って、励ましてくれているつもりなのだろうか。
「俺にはコウヘイほどの才能なんてないよ。……愛の海、か。確かに、それには同感だよ。そのために帰ってきたんだからな」
切符売り場の前でゴソゴソと財布を探りながら、僕は本題に入ろうとした。
「……帰ってきた?東京からか?」
僕の近況を知らないコウヘイは、意外そうに言う。
「そうなんだよ。実は、舞台の稽古中に怪我しちまって。それが原因で、役者を辞めることになったんだ」
俺とお前は似てる。今も夢を追いかけ、その手に掴もうとしているコウヘイにそう言われて嬉しかった分、この事を伝えるのは心苦しかった。
最初のコメントを投稿しよう!