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キリマンジャロとモカが、粉々になりながら混ざり合っていく。
「マサトから、昼間連絡きたろ?」
ハイライトを口にくわえ、ジッポを取り出しながらソウタが言う。
「いや、スマホ二階に置き忘れてきちまって。電話あったのか?」
今度はメシが食えてない役者の話になる。
「ああ」カシャン、と音を立ててタバコに火をつけるソウタ。「今夜遅く、こっちへ帰ってくるって」
僕は不思議に思った。
「なんでだ、遅い正月休みか?」
ゆっくりとドリップする。この匂いを嗅ぐたびに、喫茶店をやっていて良かったという気分になるのは、幸せなことだ。
「いや。そうじゃなくて、役者を辞めたって」
ソウタの言葉に、僕は驚いて言った。
「嘘だろ?この前、主演舞台が決まったって息巻いてたのに」
親友の晴れ舞台のために、店を休んで東京まで出向くつもりだった。
「稽古中に怪我したんだってよ。その影響で、降板しちまったらしい」
ふう、と煙を吐き出しながら、ソウタは残念そうに言った。
「怪我って、どのくらいの?」
コーヒーカップを差し出しながら聞く。
「そこまで詳しくは聞いてない。きっと連絡あるだろうから、直接聞いてみな」
ソウタはそう言うと、熱々のコーヒーをありがたそうに啜った。
ここは、一級河川の天戸川(あまとがわ)の下流、田舎でも無い都会でも無い、特筆する名産もない、だけど、美しい自然を残したある町。
それぞれが自分の夢を描いて走り抜けた、20代。あるものは夢を叶え、あるものはまだ走り続け、そしてあるものは、夢破れた。滔々と流れる天戸川の流れのように、ある時は勢いを変え、ある時は行く先を変えながらも、人生はそうして続いていくものだと思っていた。
これは、マサトの帰還をきっかけに動き出す、20代を終えようとしていた僕たちの、希望と、絶望と、そこからの未来を紡ぎだす物語。
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—end
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