First feel—ナル

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First feel—ナル

 誰にでも思い出の場所というのはあると思う。僕にとって、それは天戸川だった。 小学生の頃、家族でよくBBQをした。中学生の頃は、部活の練習で河川敷を走りこみに来た。高校生になると、マドカと夜の水面に映る控えめな町の夜景を見た事もあった。もちろん、マサトともよく遊び場にしたり、相談事となるとここで話すことが節目、節目にあった。  天戸川で話そう。あいつにそう言われて久々にやって来たけど、懐かしさで、心地よく胸がいっぱいになる思いがする。1月も下旬に入っていたが、今日は比較的暖かかった。だけど、夜の天戸川に吹く風はひどく冷い。それが余計に、どこか僕を清々しい気持ちにもさせていた。 「ここまで寒くなるとは思わなかったよ」  河川敷から階段を駆け下りながら、マサトが声をかけてくる。 「昔は、気にならなかったけどな」  僕は、腰掛けた一番下の段からマサトを見上げて答えた。 「こんな寒い時期、冷える時間帯にいい年した大人が二人ってのも、悪くないだろう」  灯りのない川を、時々橋を通る車のライトが照らしていた。 「大変だったな。今は、症状の方は大丈夫なのか?」 「生活に支障があるほどのもんじゃないよ。ただ、物覚えが悪くなったのは、はっきりと実感してる。」  上着からメビウスを取り出しながら、マサトが僕の隣に座り込む。  前向性健忘。記憶障害によって新しい事を覚えられなかったり、忘れてしまったりするらしい。何度も踏ん張ってやっと掴んだ主演舞台という、マサトの夢の切符。まさか、こんな形でその切符を失ってしまう事になるなんて。 「タバコ、また吸い出したのか?」  去年の春にこっちへ帰った時には、やめて丸3年経つと言っていた。 「なんか、引退決めたら急に吸いたくなってさ」くわえながら、火をつける。「色々今までやれなかったこと、やめたこと、やりだそうかと思って」
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