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ライフワークだった役者業を引退した今、確かにそれはマサトにとって必要な事に思えた。
「先の事、やっぱり考えちまうと思うけど……。まずは1日1日を、地に足つけて過ごせるようになるといいな」
励ましになるのかどうかもわからなかったが、悲観的にはなってほしくなかった。
「ナルの言う通りだよ。とにかく、目の前のことをやってかないと。仕事にしろ、目標にしろ」
マサトは煙を吹かしながら、天戸川を眺めたまま言った。
「目標?」
「……ああ。逆行性健忘って言ってな。それが併発したら、昔の記憶も失っていく可能性があるらしいんだ」
僕は、驚いてマサトを見た。
「そ、そんな症状もあるのか」
新しい記憶だけでなく、昔の記憶まで失う。それは、若い僕らにとってあまりにも絶望的な宣告だ。マサトの心境を鑑みると、いよいよかける言葉が見つからなかった。
「だから俺、同窓会をしたくてさ。まだ、俺がはっきりみんなを覚えてる間に」
「おいおい」僕は怒ったように言った。「何もそうなるってまだ決まったわけじゃないんだろう。お前がそんな簡単に、同級生達の事を忘れるもんか」
「もちろん、俺だってそう思うよ。でも、病気の事だからさ。自分でコントロールできないなら、どうなるかなんてわからない。だから、後悔をしたくないんだよ」携帯灰皿に吸い殻を突っ込みながら、マサトは落ち着いた口調で続けた。「同窓会って言っても、ただの同窓会じゃない。ライブイベントにしたいんだ」
「ライブイベント?」
僕はどんな内容のものか想像もつかず、そう聞き返した。
「コウヘイやソウタが、昔バンド組んでたろう」
「ああ。大学生の頃、奴らのライブによく行ったよな」
「初めて、ライブを見た時さ。なんかこう、すげー感動したんだよ。中坊の頃から楽器いじったりしてたとは言え、自分の同級生がこれだけのものを出せるのか、って」
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