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マサトは、記憶障害を患って夢を断たれていながら、自分と向き合い、新たに希望を見出そうとしている。僕はそれに驚くとともに、胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「……いいじゃん、それ」
僕がそう言うと、意外そうにマサトがこちらを見た。
「そうかな?」
その瞳は、静かに情熱の炎を湛えていた。それは大人になるにつれて、僕が日常の中で少しずつ失っていったもののようにも思えた。
「そうだよ。すげえよお前、そんな事考えてたなんて。……やろうぜ、俺もできる限り協力するよ」
僕は、昔と何も変わっていないマサトの前向きさを知って、とても嬉しくなった。
「ナルは顔が広いからな。頼りにしてるよ」
マサトがほっとしたように笑う。
「地元で喫茶店やってりゃ、顔だって広くなるさ。……近々、コーヒー飲みに来いよ。マドカもこの話聞いたら、喜ぶぜ」
僕はそう言いながら、大げさにマサトの肩を掴んだ。
「マドカか……懐かしいな」
2本目の吸い殻を携帯灰皿に入れながら、マサトがゆっくりうつむく。
「初恋の相手が、ひとの嫁になってる姿を見るのはイヤか?」
僕は冗談で厭味ったらしくそう言った。
「まさか。お前がマドカの旦那になってくれて、本当に良かったとすら思ってるよ」
「嘘つけ。歯の浮くような事言いやがって」
「本当さ。お前ならきっと、マドカを幸せにできる」
僕は、まさかそんな風に言われるとは思ってもみなかったので、冗談を言った事を後悔した。
「も、もう行こうぜ。時間も時間だ」
話をうやむやにするかのように、僕は立ち上がって言った。
「……そうだな。お袋ももう寝ちまってるだろう。明日、ゆっくり話すよ」
尻についた砂利を払いながら、マサトも立ち上がる。
「ああ、それがいい。落ち着いたらまた連絡くれよ」
天戸川を背にして、河川敷の階段を上り始める。
「そうさせてもらうよ。……ありがとな、ナル」
マサトは、僕の背中をポンポン、と叩きながら言った。
「おう、またゆっくりな」
マサトは、自分の病気を受け入れながら、今自分に何ができるか、真剣に考えたのだろう。ろくに励ませもしなかった僕だが、その事に心底ほっとしていた。
だけど同時に、僕が抱えている秘密は、決してマサトに伝えるべきではない、とも強く思った。
同窓会ライブイベント。それに向けて動き出そうとしているマサトを、今は全力で支えてやりたい。そう考えながら僕は、マドカの待つ自宅への夜道を急いだ。
First feel—ナル
-—end
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