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あーこれはヤバいな。
俺はその一声でとにかくヤバいってことだけはたっぷりと理解した。こいつは只事じゃないしこいつは只者じゃない。最果ての街を跋扈するに相応しいなにかだ。
前を走っていた若い娘は俺を避けながら駆け抜けようとしたのだろう。しかし、なにかに弾かれるように足を止めて振り返った。なんだ? と思う間もなくそこに猛然と迫る斧女。
娘は低い前傾姿勢を取る。まさかあの長柄斧をかいくぐって後ろに抜けようってのか?
この街では一瞬の判断が命取りになるなんて日常だ。だから、どうにか生き延びてる俺もその辺はまあまあデキるほうだと自負してる。
斧女もそうなのだろう。彼女は一瞬驚きの表情を浮かべただけで、その口元にはすぐに薄ら笑いが浮かんだ。娘の行動は完全に読まれている。
ああ、あいつ死んだな。
見ず知らずの小娘が目の前で死のうが大した話じゃない。この街じゃ殺しの現場を見たくらいで始末されたりは……全然とは言わないが、滅多にない。
だから駆け出した娘に狙いすました長柄斧が振り下ろされる瞬間、とっさに俺の吐瀉物交じりの砂利を斧女の顔に投げつけた理由はわからなかった。
「死っねえええばはっ!?」
斧女もへたり込んで呆然としていた酔っ払いが突然攻撃してくるとは夢にも思わなかったろう。ああ、やった俺も思わなかったくらいだから間違いない。
手元の狂った長柄斧は娘の頭ではなく目の前の地面に叩き付けられ、全速力で駆け抜けようとしていた娘は顔面からそれに激突して「ぎゃいんっ」と野良犬のような悲鳴を上げてひっくり返った。
くそくそくそ、やっちまった! なんでこんな馬鹿なことに首を突っ込んだ! しかも明らかに不利なほうを助けちまった!
そんな後悔はコンマ二秒も必要ない。俺は顔を押さえて首を振る斧女の鳩尾に勢いよく前蹴りを叩き込むと、結果を見るより先にひっくり返っていた娘の襟首を掴んでそこら辺の裏口の扉を勝手に開いて中へと飛び込んだ。
これ鍵が掛かってたらたぶん俺も娘もここで死んでたと思う。
そうだな、やっぱ今夜はついてた。
うーん……いや、どうだろう。
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