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まあやっちまったものは仕方ない。引きずり込んだ娘を放り出して見回すと、そこは潰れた娼館の厨房らしかった。
奥へ進むと長い廊下に無数の扉。中ほどにあった階段を静かに上がった辺りで斧女がバタバタと建物に入ってくる音が聞こえた。
息を殺しながらゆっくりふたつ目の扉を開けて入り込み、静かに閉める。
頭を低く階下に意識を向けつつ埃の積もった床に腰を下ろして一息つく。娘も同じように俺の向かいに座った。
「えーっと、とりあえず、その、ありがと」
しおらしく頭を下げた拍子にさらりと流れたその髪色は斧女に似た赤だった。よく見れば顔立ちも似ている気がする。
「構わねえよ。それよりあの女は……お前はなんで殺されそうになってんだ?」
血縁なのか? という問いはさすがに不躾かと意識的に避けた。娘はなにか言いかけて口を閉ざし、顔を逸らして一呼吸おいてから視線だけを俺に向ける。
「聞かないほうがいいと思う。助けて貰っといてなんだけど、命は惜しいでしょ?」
なるほど、こいつはお気遣い痛み入るな。
「あの斧女が吐瀉物まみれの砂利をたっぷり顔面にぶち込んでやった俺を見逃してくれそうなら今すぐお前を置いて逃げるんだがな」
芝居掛かった俺の言い草に娘は噴き出して慌てて声を押さえる。
「あーだめかも。顔見られてたら地の果てまで追ってきそう」
「奇遇だな、俺も同意見だし顔はバッチリ見られてる。つまりもう一蓮托生ってわけだ」
顔を見合わせてお互いに含み笑いを漏らす。
「コリンを、あの斧女を殺すまでだけじゃダメかな。深入りしないほうが賢いんじゃない?」
「えらい可愛らしい名前だなあいつ」
「気にしてるみたいだから本人には言っちゃだめよ?」
「お、おう。とにかくだ。こう見えてヤクと殺しはまだやったことなくてな。やるからには、まあ、せめて因果は含めておきてえのさ」
わけがわからんまま殺されるのもごめんだが、やるからには俺にだって覚悟が必要だ。
「因果を、ふく? なに?」
通じなかったらしい。俺はちょっと悲しくなった。
「納得しておきてえんだよ。俺がその場の勢いでなにに首を突っ込んじまってこうなったのかってとこまでな」
「ふぅん、あんたしょぼくれた見た目の割に教養あんのね」
「ビリーだ。そういうお前は小綺麗な身なりのクセにイマイチだな」
「悪かったわね……キリシャよ」
娘、キリシャはようやく観念したのか事情を話し始めた。
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