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俺は暗い路地裏を這い回るように生きている。そう、ドブネズミのように。
港湾の雑務で日銭を稼ぎ、見聞きした情報を金持ちや悪人に売り、運がいいときには娼館の住み込み用心棒、切羽詰まってるときには盗みくらいなら一応やった。
そんな生き様でもヤクの売買や殺しまではやってない俺はこの街じゃ驚くほど善良な一市民に過ぎない。
大陸の西の最果て、悪党どもの最後の楽園ドルガノブルク。
“帝国”、“王国”と肩を並べ大陸を三分する最後の一勢力“連邦”に所属する、この街には大陸の悪と汚辱の全てが吹き溜まっている。
ああくそ、今日はついてなかった。胃の中に溜まっていた安酒とメシを路上に吐き出しながら後悔する。
“海鴉”率いる武装船団が着港したもんだから今日の雑務は思ったよりずいぶんといい稼ぎになり、温まった懐で最下級の酒場へ繰り出し安さと強さだけが売りの地酒を浴びるほど吞んだまではよかった。
だがここで調子に乗って賭け札に手を出し盛大に惨敗。ここ暫く溜め込んでいた小銭の一枚まで巻き上げられて店を蹴りだされた。
今回は勘弁して貰えたものの、相手が悪ければ問答無用で身ぐるみ剥がれて三日は立てないほど痛めつけられていただろう。ここはそういう街だ。
そして弱い者にはとことん容赦ない。もしそんなザマで転がっていたら通りすがりの奴隷商人に売り飛ばされたり、下手すりゃ特に意味もなくバラされてネズミの餌なんてこともあり得る。
そういう意味ではまだついていたのかもしれない。吞み過ぎや賭け札はなにが悪いって言えばそりゃ、運じゃなくて俺が悪いんだから。
むしろ着るものがあって二本の足で歩けるってだけでもありがたいんだろう。満足に暖も取れず自分の吐瀉物の傍らで眠るしかなくとも、夜を越え陽が昇ればまた仕事ができるのだからと己に言い聞かせる。
そう、こんな街にだって陽は昇るのだ。
そして、けれども今は夜なのだ。
こんな掃き溜め同然の街だ、夜ともなればありとあらゆる悪党外道魑魅魍魎が跋扈する。
息を切らせて角を曲がって駆けてきたのは小柄な若い娘だった。暗い色の髪と丈の短いスカートを振り乱して走る姿は娼婦かとも思ったが、それにしちゃ他が高級ではないものの小綺麗に落ち着いた服装だ。
「なんで、そんなところにいるのよおおおおっ!」
娘はこちらに向かって悲鳴のように叫ぶ。いや俺が言いてえよ。こんな夜更けに出歩いてどこのお嬢ちゃんか知らないが、快楽殺人者にでも追われてるのか?
俺がアホみたいに開いた口からやっとどうにか言おうとした矢先、続いて角を曲がってきた人影があった。
走ってきた娘より一回りは体格が良いだろう女。まず目についたのが闇を照らす燃えるような赤い髪。そして鉄屑を無理やり押し固めたような歪な長柄斧を左腕一本で握ってとんでもない勢いで駆けてくる。
その左腕は上腕から金属鎧で覆われ、残りの四肢、いや三肢か。と、胴体はタイトな旅装で固めていた。
冒険者の類いなのだろうが、とにかく左腕と長柄斧の威圧感が凄い。
「にっがさねえぞぉっ!」
追ってきた女がクソデカい声で吠えると路地裏全体の空気が震えた。
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