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「モブ山ぁ、ローストビーフおにぎり買って来たぞー?」
いつもならドアの前で忠犬よろしく待っているモブ山が見当たらない。それならあそこだろうと当たりを付けて、そっちへ向かう。
「モブ山」
給水タンクの影。身を守る様に蹲っていたモブ山が恐る恐る顔をあげた。その大きな桃色の瞳が俺を写した途端に、薄い水の膜が張る。
「巴君……っ!」
ぼろぼろと。目が溶けてしまうのではないかって位の涙が、次々と白い頬を滑り落ちていく。あまりに痛々しい顔に、腹の底から込み上げてくるものを必死に飲み下す。
冷えた空気を肺に入れて、熱を逃がして。
怖がらせない様に胸を覆う不快感を隠して隣に座れば、胸元に突進する勢いでしがみつかれた。
結構な衝撃に呻き声が出そうになって。何とか奥歯を噛み締めて耐える。
「……わ、私ちゃんとフラグ折ったのに、全然上手くいかないのっ! 巴君、やだよ。私死にたくない……!」
えぐえぐと下手くそな嗚咽を漏らして自分に縋ってくるモブ山の背を撫でながら。出来る限りの優しい声を作って話しかける。
「モブ山、一旦落ち着け。今日みたいな事にならない様に俺も今まで以上に気を付ける。授業以外は傍にいる様にするから、泣かないでくれ」
「……傍にいてくれるの?」
「一年の時からずっと傍に居たんだから、今更離れたりするわけねぇだろ。それに卒業まであと少しだ。一緒に頑張ろうな」
こんな言葉を吐く様になるなんて、前の俺からは想像も出来なかった。きっと、俺を知ってる悪友達は気が狂ったのかと頭の心配をし出すだろう。
慌てふためく奴らを笑ってやりたい気もするが、下手にモブ山と関わらせたくない。
こんな俺でも独占欲があるだと思うと不思議だ。モブ山に出逢ってから、知らない自分が次々と顔を覗かせる。それを悪くないと思えるのも、きっと相手がモブ山だからで。
胸の内がくすぐったくて、誤魔化す様にモブ山の頭を撫でる。
あぁ、本当に。モブ山が奇行なんてしなければ、俺達は出逢う事すらなかったのだと思うと、感謝しかない。
モブ山曰く、ここは乙女ゲームの世界らしい。メイン攻略対象で生徒会長でもある赤羽。副会長の青柳。書記の黄瀬。他にも何人かいて、彼らの親密度を上げて擬似的な恋愛を楽しむゲームだそうだ。
ただこのゲームは普通の恋愛ではなく、攻略対象全員がヤンデレ。物語のラストは監禁エンド薬漬けエンド、心中エンドなどマトモなものがない。
そんなものに需要あんのかと首を傾げた俺に、モブ山は死んだ目を何も無い壁に向けた。
『前世の友達がヤンデレ至上主義だったから、一定数いるんだと思う。私は少女漫画みたいなハッピーエンド至上主義だから絶対に相容れないけど』
私に無理矢理あのゲームやらせた事許してないぞ。虚空に向かって恨み言を垂れ流すモブ山の隣で、俺は笑っていたに違いない。
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