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「モブ山なんて酷い呼び方をするなんて最低だよ」
「君が桃山さんを幸せに出来るとは思えない」
「そもそも桃山さんが君と一緒に居るのはおかしい」
優秀だったはずの頭脳をどっかに捨ててきたらしい。
俺が黙っているのを良い事に、次から次へと見当違いな事をべらべらと喋る黄瀬をどうしてやろうかと。熱くなっていく脳内で考える。
そんな脳内とは反対に、指先からは熱が消えて。その温度差で視界が明滅し始めた。
これが激情と言うものなのかと。俺にもこんな抱えきれない程の感情があったのだと。他人事の様な感想が浮ぶと同時に、それすらも黒く塗りつぶされて。少しの光も見えない場所に沈んでいきそうになる。
「……巴君」
底へと沈み込んでいく意識は、モブ山の声で浮上した。
「巴君」
迷った幼子みたいな声に。窒息しそうになるほどの激情があっさりと飛散して、思考がクリアになる。
「此処に居るよモブ山」
赤羽を押しのけ、未だにモブ山の手を握っている黄瀬の手を引きはがし。モブ山の恐ろしく冷えている手に少しでも熱が行くように包み込む。
後ろで騒ぐ黄瀬は赤羽に任せればいいだろう。今はモブ山が最優先だ。
「巴君、こわい」
「もう大丈夫だよ。遅くなってごめんな」
力なく胸元へ手を伸ばしてくるモブ山を抱きしめて、背中を撫でる。少しづつ力が抜け、完全に脱力したのを見計らってベッドに横たえた。
シン、と。密度の濃い沈黙が保健室に満ちた。
「……蘇芳すまない」
クリアになった思考を汚す声が耳に刺さる。不快で不快で仕方がない男の声だ。
「日頃の行いって大事だと思わないか」
折角落ち着いたのだから、荒らしてくれるなと意味を込めて。会話なんてしたくもない相手にわざわざ話しかける。
「目には目を歯には歯をって言うだろ。全部自分に返ってくんだよ。なぁ、温室育ちのお坊ちゃんだってそれくらいは分かるよな?」
突然掌に乗せられた折り紙に、黄瀬が怪訝そうな顔をして。その横で赤羽が信じられない様なものを見る目で。黄瀬の手に乗る、折り紙で作られた黄色のダイヤを凝視している。
「……お前、まさか」
「さてね。……そんな事より、特別にお前には選ぶ権利をやるよ。ほら、どれがいい?」
俺の掌に並んだヒーローに相応しい色をした三つの折り紙の内の一つ。クローバーの形をしたそれを震える手で取った。
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