モブ山モブ子は逃げられない

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「モブ山」 入学式の時とは違って早咲きの桜と随分伸びた薄桃色の髪が、風に揺れている。絵になるその景色をいつまでも眺めていたいが、らしくもなく速く脈打つ鼓動がそれを許さなかった。 冷たい空気を肺に満たして、その小さな背中に声を掛ける。 少し肩をびくつかせたモブ山は、誤魔化す様に笑った。 「巴君、卒業おめでとう」 「モブ山もおめでとう。それと、お疲れ様」 アイツらに酷い絡まれ方をしてから恐怖で濁ってしまった桃色の瞳も。逃げられないかもしれないと。シナリオの強制力が働いているのかもしれないと。毎日取り乱していた姿も。 見る度に胸が痛くて、己の不甲斐なさを呪っていたけれど。今は以前の、ある意味元気に奇行をしていたモブ山の瞳に戻りつつある。 それにどれだけ俺や浅葱がほっとしたか。きっとこの先もモブ山が知る事はないだろう。 「……巴君が傍に居てくれたおかげだよ。私一人だったら、きっと碌なエンディングにならなかったと思う」 「まさか。全部お前が頑張ってたからだって」 そうでなかったら、青柳が不良に襲われて重傷を負う事も。黄瀬の家が倒産して学校来れなくなる事も。赤羽が留学準備に忙殺される事もなかった。 「お前が気を張ってフラグだったか? 頭悩ませながら回避したから今があると俺は思うぞ。だからお疲れ様。……よく頑張ったな」 ぐっとモブ山の目元に力が入って、次の瞬間には大粒の涙が抜ける様に白い肌を滑った。下手くそな泣き方は相変わらずで、それすら愛しく感じてしまうのだから重症だ。 「……モブ山」 「なぁに?」 ポケットに大事に入れていた折り紙を渡す。きょとんと手の中の折り紙を見つめて、首を傾げるモブ山の頭をさっと撫で距離を取った。 「トランプのスートに意味があるって知ってたか?」 「……トランプ?」 「そーそー。クラブは知識。ダイヤは金。スペードは死。ハートは愛って意味があんの。ほんとは言うつもりなかったんだけど、大学違うし。……最後になるかもって思ったらな」 それ以上は言わない。最後に決めるのはモブ山次第だ。顔を真っ赤に染め上げている時点で、答えは分かっている様なものけれど。 桜色のハートを両手で包んで。頬を染めたまま、私も好きだと叫んだモブ山に。分かっていても嬉しくて、頬が緩む。そんな顔を見られない様に、モブ山の腕を引いて胸の中に閉じ込めた。
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