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それからどうなったのか、克也は覚えていない。ただ、満里奈と育恵を失ったのは確かだ。もう、仕事をする気力もなかった、働く理由を失ったからだ。
だが、今、眼の前に満里奈がいる、それだけで充分だ。彼女が何者であれ関係ない、例え一緒にいることが禁じられていても、このままずっと一緒に……
「あの人は、ここにいるんですか?」
声に振り返ると、そこには育恵の姿があった。
育恵……君まで……
「はい、克也さんが、今、あなたの名前を呼びました」
もう一人、女性の声がした。育恵は彼女が示した場所に顔を向ける。それは克也が立っている場所だ。
「パパ、帰ってきたのね、お帰りなさい……」
育恵……?
「わたしと満里奈のことが心配だったんでしょう? でも、だいじょうぶ、何とかやっているわ」
そうか、亡くなったのは……
「そうです、あなたは満里奈ちゃんと育恵さんをかばって重傷を負いました」
克也はやっと理解した、働く気力がなくなったのではなく、自分が働けない状態になっていたのだ。それにまったく気が付かなかった。
でも、よかった……満里奈も育恵も無事で……
二人がいなくなることは自分がいなくなることより辛い。
「克也さんは、ご自分のことを理解しました。そして育恵さんと満里奈ちゃんの無事を喜んでくれています」
その言葉を聞いた途端、育恵は両手で口を覆い嗚咽を漏らした。
「ありがとう、刹那さん」
刹那と呼ばれた女性は首を振り、「あたしは視えることを伝えているだけですから」と応えた。
「満里奈、こっちに来て」
育恵が呼ぶと、満里奈がオモチャを置いて駆け寄ってきた。
「ねぇ、ここにパパがいるんだって」
育恵は刹那に教えられた空間を満里奈に示した。
「パパ、いるの?」
あどけない声で娘が問い返す。
「うん、いるよ。目には見えないけど、ちゃんといて満里奈とママを見守ってくれているの」
「パパ、アタシ、きょう、たんじょうびだよ。ろくさいになったんだよ」
無邪気な笑顔を向ける。
六歳……? 去年は三歳だったはず……
「あなたは去年も一昨年も、この時期になると帰ってきていたんです。その度に、蛍光灯が点滅したり、しまっていた物がテーブルに出ていたり、不可思議なことが起こっていました。
だから、今年はあたしが呼ばれたんです」
あなたは霊能者……?
「と言うか、副業で拝み屋もどきをしている声優です」
克也は生前、タレント会社に勤めており、育恵もアイドルをしていた。その繋がりで刹那を呼んだのだろう。
おれを祓うのか……?
刹那は首を左右に振った。
「あたしは呪術は使えません。霊を視て話を聞き、話しかけることしか出来ないんです。
だから、克也さんに伝えるために来ました。もう、あなたは生きてはいないという事と、この世に留まるべきではないという事を」
すでにこの世のものではなくなっている以上、現世に留まるべきではない。その理屈は解るが、それでも。
お願いします、もう少し、もう少しだけでいいんです……
この子と一緒にいさせてください……
麻里愛がつぶらな瞳で自分を見詰めている。このままずっとこの子と一緒にいたい。だが、それがゆるされないことを克也も解っていた。
今日はクリスマスイブです……
あの時できなかったことを、してあげたいんです……
お願いします……せめて今日が終わるまで……
刹那は黙ってうなずいてくれた。
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