2章 千代の記憶

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「相変わらずお顔に品がありませんね、哲佐君」 「こちとらお貴族様の血なんぞ引いちゃいねぇからな。それよりお前さんは結局何やってたんだよ」 「朝に言った通りの役割分担ですよ。それよりソレ持ってきたんですか。馬鹿じゃないの」 「うっせぇ」  鷹一郎はふぅ、と呆れたように息を吐き、俺の前の席に着いた。全くひどい言われようだが、言わなかっただろと聞けば聞かなかったでしょうと帰ってくるに決まっている。  甘酒を持ってきた女給を呼び止めて鷹一郎はみたらし団子と茶を頼み、そして『本当に哲佐君は駄目人間ですね』とのたまい俺の前の徳利を細い指で指した。 「昼だからまだ甘酒だよ。もらった金をどう使おうがかまやしねえだろ」 「まぁ、そうですね。湯呑みじゃないからてっきり酒かと。でも徳利で飲むのも乙ですね。私にも猪口を一つ」 「飲んだ分は払えよ」 「ここのお代ぐらい持って差し上げますよ。それにお酒は無病息災の厄除けなんですから。ところで哲佐君は千代嬢が存在しないことによって誰が得をすると思います?」  存在しないことによって?  妙な問いかけだ。  存在しなければ探すも何もないだろう?  うん?  『いなくなった』ではなく存在しない。それはもとよりいないということだ。もともといないことにして、得をすること?  例えば誰かから存在を隠している。それにしたってなんだか妙だ。そんなら出ていったとか、そう、死んだとかにすりゃあいい。  『存在すること』を知っている者に『存在しない』といっても仕方がない。だっていたことを知っているんだから。 「わけがわからねぇが、結局のところ千代嬢は存在したってことか」 「まぁ、そうですね」
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