序 高台からの眺め

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 時は明治16年。  文明開花の鐘はなり、日本は広く世界に開かれた。なのにこいつは今どき陰陽師を名乗っている。  土御門家。平安時代、安倍晴明を排出した藤原北家から連綿と続く陰陽師の一族であり、鷹一郎はその末席にあたる、らしい。けれども公的な機関としての『陰陽師』はすでに存在し得ない。  御一新(明治維新)によって新たに明治の幕府が開かれてすぐ、政府機関としての陰陽寮は廃止された。陰陽寮が司っていた暦の作成は西洋のぐれごりお歴が担うこととなる。江戸の末期からうかれ熱のように沸き立った神仏分離におされて陰陽寮が存続し得なくなった。  西欧から入ってきた科学の光は迷信だのあやかしだのの世にも襲いかかったのだ。時流というやつだろう。  けれども陰陽寮が廃止されたからといって古来より日の本に根付いた狐狸妖怪や呪いのたぐいが大人しくいなくなったわけではない。  そういや横浜の馬車道、東京の銀座通りにガス燈というものが灯りはしたが、強い灯りはかえって深き闇を浮き彫りにする。それら昏き者どもが隠れ住むには好都合な闇を。そしてその闇の間に間に様々な怪奇や事件は発生し、それを払う陰陽師の存在感はいや増していた。  とまぁ、ここまでは一般論だ。  俺にとっては土御門は帝都で出会った珍妙な学友で、今はただの雇われ御供だ。それなりの金はもらっているがたいていがろくな目に会わねぇ。だから極力関わりたくはねぇ。けどまぁ。 『哲佐君、金に困ってはいませんか』  そう呟く土御門の声はいつも絶妙なタイミングで俺に降ってきた。その前夜、最後の一銭を投げつけて屋台で蕎麦を啜った俺は、直前の博打で散々に負けてまさに無一文になったばかりだったのだ。
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