1章 始まりの手紙

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1章 始まりの手紙

拝啓  風花の舞う季節となりました。  東京の鍵屋(かぎや)殿より土御門様のことをご紹介頂きまして、恥ずかしくも突然のお手紙を差し上げます。  誠に身勝手ながらご相談申し上げたいのは千代(ちよ)という娘のことでございます。しばしわたくしめが事情を申し上げることをお許しください。  この千代という娘は二東山(にとうやま)上ルところにございます茶屋で女給をしておりました。  その娘が先ごろよりとんと姿を見せず心配しておりましたところ、どうやら両親が病に倒れ、実家の逆城に戻ったとのこと。まことに気の毒にと思いましたが秋が過ぎ、冬を跨いでも茶屋にも便りはなく、わたくしは居てもたってもいられず千代の実家の村に訪れたのでございます……。 「千代さんは……どうして千夜さんに会えないのですか⁉︎」 「千夜なんてやつは知らねぇ。おらん。とっとと去ね」  けんもほろろ。  男はそう言い、私の目の前でピシリと板戸を閉じた。それを追うように薄い氷を纏った風が舞いって履き慣れた深ゴムの靴をさらに冷やす。  今年の冬はいつもより随分と寒い。そのためか、どこもかしこもひどい風邪が流行っていると聞く。だから千代のご両親は風邪を引いたのだと、そう思っていた。  けれども先ほどの初老の男、おそらく千代から聞いた千代の父、折戸(おりど)源三郎(げんざぶろう)とはあの男だと思う。だが体に不調の様子は見当たらなかった。誠に元気そうである。  困惑する。  確かに、確かにここが千代の生まれた逆上(さかのうえ)村に違いない。なにせ地図を見ながら訪れたのだ。そして千代の説明通りの道を辿り、この家に行き着いたのである。地図を見ても確かにこの場を示す四角の中には折戸とかかれてある。
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