1章 始まりの手紙

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「千代、千代どこだ」 『……誠一郎様、どうかお帰りくださいまし……わたくしは……わたくしは既にとらわれてしまいました……』 「囚われるだと⁉︎ 一体何に囚われたと言うのだ‼︎」  並び立つ桜の木の間をびゅううと突風が吹き抜け、私の声をかき消してゆく。その空気はなぜか赤みを帯びているようで、まだ咲いてはいない甘い桜の香りを僅かにのせていた。  そこではたと気づく。見渡す。そうだ桜の蕾は硬く閉じ、未だどこも綻んではいない。とすればこの匂いは幻臭だ。赤みを帯びる空気も幻視だ。それであればこの千代の声は? 『……わたくしももはや夢幻(ゆめまぼろし)でございます……誠一郎様、早くお帰りください……』 「いや、千代だ。あなたは千代で間違いない。どこにいるのだ。どうか」  すれ違い。  確かにどこかから千代の声が聞こえる。千代の気配がする。  けれどもその出どころは判然としない。まるで千代と私は二人ともここにいるのに、その世界の位置が決定的にずれてしまっているように。 『……ああ、そろそろお目覚めになられます……どうか……どうかお早く……そしてもうここには来てはなりませぬ……』  その声が聞こえて、ふつりと千代の気配は立ち消えた。  まるで細く繋がっていた紐がぷちんと千切れるように。
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