1章 始まりの手紙

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 そして私は何か得体のしれないものが足元からずずずと立ち上がるかのような鳴動を感じました。そう、まるでこの雪に覆われていない黒い地面があたかも地獄の端に繋がり、そのままここにおれば白い雪の中にぽっかりあいたこの黒い大きな(あぎと)に飲み込まれそうな、そんな気がして。  そう思うとわずかに生える萌葱色の若草が呪いの萌芽のようにも見え、私の足に絡みついてくるようにな鎖にも思え、なさけなくもひぃと小さな悲鳴を上げて思わず逃げ帰ったのでございます。  その後、何度か逆上村を訪れたのですが、もう村人の誰にも私の話を聞いてもらえなくなっておりました。千代のことはこの村では触れてはならぬこと、になってしまったのやもしれません。  そしてわたくしがおそるおそる、そして何度あの桜林を探してもそこには二度とたどり着くことは叶いませんでした。  もう土御門様にはおわかりになられたでしょう。  わたくしは千代に懸想をしております。わたくしは千代が魂の片割れのように思われて仕方がないのです。千代は何者かに囚われたと申しておりました。わたくしもあの桜林でその何者かを感じたのです。  どうか、何卒、千代をお探しいただけないでしょうか。  些少でございますがお礼を用意しております。  土御門様のほかにわたくしはお頼み申し上げるすべを知りません。  どうか、お聞き届けくださいますよう、何卒、何卒お願い申し上げます。  誠に恐縮ですが、折返し御返書を得ることが出来ますれば幸甚でございます。 敬具  明治16年1月8日  赤矢(あかや)誠一郎
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