1章 始まりの手紙

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◇ 「哲佐君、金には困っていませんか」 「お前、わかってて言ってるんだろう?」  戸口のカラリと開く音で目を開けると、鷹一郎がやけに清々しい笑顔で立っていた。裏長屋の陽当たりは悪い。じめついた冬の早朝にひどく不釣り合いだ。  なんとか褞袍(どてら)を引きずり身を起こしたところに強烈な頭痛。昨日しこたま博打で負けて家に残った僅かな酒をかっ喰らってふて寝したことを思い出す。目覚めとしては最悪だ。だが頭が割れるように痛いのは酒のせいばかりではないだろう。  虫の知らせだかなんだか知らねぇが、こいつが現れる時はいつもこんなタイミングだ。奇妙奇天烈な事件が起きて、俺に金が無い時。いや、俺に金が無い時に奇妙奇天烈な事件が起きてるのか?  ……そんな馬鹿な。それじゃぁまるで俺が事件を招いているようだ。  ともあれ鷹一郎はその日の朝一番、明け六つ(朝6時)より少し早い時間帯に俺の下宿にやってきた。金を持って。  俺は時折鷹一郎に雇われる。  鷹一郎の給金はいつも破格にいい。今回も日当換算でその辺りの日雇いの少なくとも倍、終了時には3ヶ月は遊んで暮らせるほどの金。  だからというわけじゃねぇが、俺は今も下働きのように米を炊いている。しゅうしゅうと釜から音がして、米の炊ける独特な香りと共にその釜戸の熱が巡り巡ってこの狭い部屋がようやく暖まり出す。 「さて、私もおかずを調達して参りましょうか」  壁にもたれて何やら手紙を広げる鷹一郎に非難がましい視線を向けていると悪びれもせずそのような声がして、『なっとなっとうーなっと』という納豆売の声が聞こえた。  この辺りの裏長屋には朝になるといつも納豆売や豆腐売りを初め様々な物売りが桶をかついでやってくる。それでようやく朝。  ほかほかのご飯が炊きあがるころには表通りはすでに賑わい始めていた。
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