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序 高台からの眺め
ひぅい、ひぅいと何だかわからぬ鳥の声がする。
細い雲のたなびく春空晴れ渡るこの辻切が丘の高台からは逆城神社の梅林が鮮やかな紅に染まっているのが見えた。逆城神社の梅林は有名だ。今も参拝客で賑わっているだろう。そしてその梅林の奥に一際背の高い1本の大きな木と木立が続くのが見えた。このあたりの緑は深い。
逆城神社は江戸のはじめごろからある由緒正しき神社である。参道を登って少し丘となった上にあって高度的にはここ辻切が丘より少し低いくらいだ。だから、ちょうどこの丘からは真っ直ぐ東にその全景が見渡せるのだ。
「それで今日はここに何の御用なんだ」
「特に用というものでもないのですよ、哲佐君」
「じゃあなんでここに来た。寒ぃんだよ」
「こういったことは一度全体というものを俯瞰する必要があるのです。それにしても君は顔に似合わず軟弱ですねぇ」
「うるせぇ」
「うるせぇとはまた口の汚い」
立春は過ぎたといえどもまだ寒い。
こんな風の吹きすさぶ丘の上ではなおさらだ。
俺は分厚い半纏を着込んで肩をこすっているというのに隣のこいつは濃茶地に井桁と花模様の綿の絣の着物に書生羽織という実にうすら寒そうな格好で飄々としていやがる。
俺の隣に立つその秀麗な眉をひそめる男は土御門鷹一郎という。俺の今の所の雇い主だ。俺が学生の時に知り合ったころからの腐れ縁だ。その話はまた、別の機会に。
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