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逃亡
11月だった。
やってしまった。
耐えられなかった。
逃げてしまった。
もう少しだけだったのに。
逃げてしまった。
用を足すふりをして女子トイレの個室に入り、白衣を脱ぐとそれをゴミ箱に押し込んだ。トイレを出て、私は建物の裏口から一目散に駅へ向かって駆け出した。
走って走って、電車に乗って、来たことのある駅に降りて、そして、気づけば私は、JRの駅前に停まっていたバスに乗っていた。それは終点まで一時間半もかかる路線バスだった。バスの一番後ろの席に座ると、もう立ち上がる気力のない私は、終点まで行ってしまうしかなかった。
私をここまでにしてくれた両親に合わす顔はなかった。
どこを向いていいのかわからない私の足は、知らぬ間にバスの終点にある、記憶の中のあたたかな場所を目指していたのだった。
「ふう」
私は車窓に頭をくっつけて、通り過ぎていく風景を眺めていた。
大学の医学部を卒業し医師免許を取得した私は、都心にある総合病院にインターンとして勤めていた。インターンの期間は2年間。
あと少しだけだった。
あと、4か月の辛抱。
しかし、その少しを意識すると、その時間が突然永遠のように長く感じられ、私はついに発作のように病院から逃げ出してしまったのだった。激務とストレスに耐え切れなかったのだった。
バスが閑散とした広場で止まった。ここが終点だ。
この路線を最後まで乗る客は私一人だった。
バスを降りると、冷たい空気に触れた。そして、初めて私はブラウス一枚のスーツ姿だったことに気づいた。寒い。
私は両腕を抱え、畑の点在する住宅街をとぼとぼ歩いて、祖父の家に向かった。
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