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シートベルト
「古田さん。土木の広沢さんから連絡です。地下ドラム、安全装置解除しました」
「わかった。それじゃ、みんなに所定の位置につくように言ってください」
「わかりました」
飛地内各所の最終安全チェックをしていた土橋夫妻、小早川夫妻が各々古田家へ戻ってきたのを合図に、私は時間を読み始めた。
「10分前です。電力をドラムに送ってください」
古田家三階、中央指令室に戻ってきた電気技師の稲葉さんがスイッチを入れる。
ぶううううううん
強い振動が地下から伝わってきた。
祖父が書斎の高い所にある本と額縁の絵を撤去したのはこれに備えてだったのだ。
ぶううううううん
振動はどんどん強くなっていく。
ドラムがどんどん回転数を上げていく。
「5分前です。帯電カスガイ解除してください」
外の土木作業用の待避所にいるオペレーターの飯田さんが、帯電カスガイのスイッチをオフにした。これで飛地は、重力だけで地面とつながっていることになった。
「2分前です」
「ね、ね。あやちゃん」
「はい?古田さん」
「ほら。シートベルト。一応ね」
「あ」
私はあわてて、床に固定されている座椅子のシートベルトを体に回した。
「1分前です」
どきどきする。
「10秒前」
ふう。
「9、8、7、6、5、4、3、2、1」
ぷうううううん
浮いた。
サッシの窓の外の風景がみるみる変わる。
あっという間に、そこには明けたばかりの空しか見えなくなった。
きれい。
東京都練馬区杉菜町8391番、別称、練馬区杉菜町飛地はその日、飛び立ち、空に浮かぶ本当の飛地となったのだった。
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